永瀬清子のエッセイ2編より


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永瀬清子という、昭和初期から現代にかけて活躍した詩人をご存知ですか?

岡山に居を定め、詩人である他に、妻であり母であり、勤め人でありかつ農業も営んでいた彼女は、日々のリアルな暮らしの中で、「心打つことば」を求めて、日夜格闘していました。
だから彼女の詩は、よくありがちな知的な言葉遊びや、ロマンチックで夢うつつなものとは一線を画し、とても力強く、僕たちの頭ではなく生命そのものにダイレクトに訴えかけてきます。

ところで、今日は詩の話じゃなくて……そんな彼女は、随筆も書いていました。その中の、極めて短いエッセイ2つを、ちょっと紹介したいと思います。

反衛生

 日々の過労の上に、無理をして身体のあちこちが堪えがたく痛んでいるので、エレベーターを待つ間も腕を上下に振ったり叩いたりせずにはいられない。
 午後ロッカーの上の、かさばった重い用紙の箱をとり降ろし、又のせるため、若い人に頼みたいと思ったが、皆忙しそうなので椅子にのぼり、渾身の力をふるって上へのっけた。多分そのとたんあわや卒倒と思いのほか、ふしぎにも今までのやるせない肩や腕の凝りと頭痛はふっとんで無くなった-。
 私の健康のための人々のさまざまな忠告は、常に私自身の発見と事実とに反していることが多い。たとえば
「安静に」「脂肪をとるな」「塩をとるな」「働くな」。
 私自身の生命はつねに私に教えてくれる。
「悩め」「力をつくせ」「戦え」「一歩出ろ」。

八歳の

 八歳の異国民の娘が世尊に宝珠をさしあげた。
「異国民のくせに」「女のくせに」「子供のくせに」「身のほど知らず」。人々から見てその事だけでも眼をそば立てる事であった。
 けれども世尊はためらいなく受けとりなされた。
「今、私が受けとったのは迅やかったかどうか」と世尊がみんなにおききなされた。
「迅し(とし)」とそれに驚いていた人々は一斉に答えた。それは彼らにとってめざましく大きな教えであった。
 自分の投げた球が、そっくりキャッチされることの喜びが、この世の中で最も高度の喜びであることを私はしばしば思う。又それがどんなにむつかしい事であるかを。
 私の事をすぐ受けとってくれる人。誰であればそのようにしてくれるであろうか。私はこの世の中でそれを求めている。
 そして又それだから私もどのくらいそうした人でありうるかと、この世の中でいつもそれを願っている。
 そしてそれらの願いのすべてはわが貧しさわが幼さに基づいている。

「反衛生」の方は、相方が「貴方のモノの考え方と似てる。それは私にはないものだ」と言ったので、改めて読んでみてああなるほどな、どうりで全く抵抗なく受け入れられるわけだ、と思ったものです。
「休め」「癒されろ」「ほどほどにしろ」「気にするな」ではなく、「悩め」「力をつくせ」「戦え」「一歩出ろ」。いつもではないのですが、何か起こしたり考えたりするときに、僕もこのようなポリシーで動くことが多い気がします。特に意識はしていなかったのですが、僕の強みの1つなのかもしれないですね。

「八歳の」の方は、「自分の投げた球が、そっくりキャッチされることの喜び」を、僕も心の底から欲しているなあとつくづく思ったので、載せました。誰でもそうですよね? そしてそれは難しいことで、下手するとめったに入手できないものだなという点にも同意します。まったく、つくづく上手い物言いですね。さすが詩人。
人は、自分が投げた球を、そっくり丸ごとキャッチして欲しいものなんですね。そういう視点で日々のコミュニケーションを見つめ直すと、いろいろと改善されることがあるかも知れません。
願わくは、せめて自分は相手の投げた球を、そっくりキャッチできる人でありたいものだなあ、と思います。 
 
 

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