堂々と負けるのは格好いい


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オリンピックとかワールドカップといった、超大勢の人が注目しているスポーツイベントがあるたびに思うことがあります。
備忘録代わりに軽く書きます。

堂々と負けるのは格好いい」ということです。

今回も、メダルを取れなかったり、金メダルを取れなかったり、入賞できなかったりした人が大勢いました。
全力を尽くして負けたのならまだ清々しいかもしれませんが、普段ありえないような失敗で、せっかくの一生に1度かもしれない大チャンスを逃すことも多いです。
または、これ以上できないというほど死ぬほど努力したのに、まだトップに届かず、そもそもの肉体と精神の優劣の差をまざまざと見せつけられることもあります。

しかも、会場やテレビの前にいる何百万人という人の前に、自分が負けた姿をさらすのです。
その競技自体がマイナーな場合、いかに今までたくさん勝利してきたとしても、初めて見る人にとっては「なんだか、あまり上手じゃない人」と見えてしまう場合も多いと思います。

なおかつ、これだけのビッグタイトルの場合は、負けても、悔しさに涙を流しながらロッカーに帰ることは許されず、インタビューに答えないといけないわけです。
インタビュアーも、可哀想だからやめてあげればいいのに、一番辛いところを質問したりします。
注目されている選手であればあるほど、何日も何週間も、自分の失敗や、その時の気持ちなどについて、繰り返し繰り返し、大勢の人の前で語らなくてはならないケースに陥る場合もあります。

でも、

逃げずにインタビューに答えている選手を見ると、格好いいと思うのです。

負けるが勝ち、という逃げっぽい意味じゃなくて、当たって砕けろ、というやぶれかぶれな意味でもなくて。
頑張って、負けて、その結果をしっかりと受け入れている姿は、素敵だなと思うのです。

普段生きていると、どうしても「負けるのが嫌だから/悔しいから/恥ずかしいから、そもそも勝負しない」とか「負けたことを見せるのはビジネス的に良くないので、そもそもそういうのには参加しない」といった言葉を聞いたり、自分もそう思ったりしがちですが、でもオリンピック中継をずっと見ていると、そういう気持ちに負けずに頑張ろう、っていう気になります。毎度のことですが……

 
 
負けるのは美しく
児玉 清 (著)

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