先が見えなくても、とにかくはじめてみる(宮崎駿引退記者会見より)


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宮崎駿引退記者会見終了。笑いの絶えない、明るい会見でとても良かった。

個人的に一番響いたのは「最後まで見通して作品を作りはじめたことはない。伝えたいメッセージがあって作品を作りはじめたことはない。いつも何がなんだかわからない領域に入っていって、何がなんだからわからないまま先に進めて、その場その場の細部を作っていくうちに、先のことが見えてきていた」という意味内容の発言だった。

ちょうど昨晩読んでいた村上春樹のエッセイに、同じことが書かれていたので、よけい心に入ってきたのかもしれない。宮藤官九郎(クドカン)も、あまちゃんのラストをどうするかは、ラストを書く段になって迷っていたそうだ(AERAやCutでのインタビューや、クドカンのWeb日記を読む限り)。

創作活動ってそういうものなんだなあ。そういえば14歳のとき「我が名は魔性」書いたときwwwだって、ラストがどうなるかわかったのは、ラスト10ページくらい前だったwwwもんなあ、みたいなことを思い出した。

でも、「結論が見えないとやる気が出ない、書く気がおきない、作る気が湧かない」というときも多い。それが理由でやらなかったり書かなかったり作らなかったりすること、すごく多い。

この違いは何なのだろう? もちろん人は、先まで見通せていた方が安心するし楽だ。でもそのハードルを飛び越えて、とにかく作りたいんだ、書きたいんだ、やりたいんだ、そういう気持ちが立ち上がってくる状態が「情熱がある」状態というものなのだろう。

そして、情熱を湧き立たせるコツは、「コアのメッセージやラストなんて最初はわからない」が当たり前、それが普通、を受け入れることなんじゃないかなと思った。
そうするとハードルが下がり、気が楽になって、ふと思ったことを「形にしよう」と動き出しやすくなるんじゃないか。

たとえそれが「ブログの記事を書く」「資料を作る」という、短いことだったとしても、そうなんじゃないか。

そんなことを思った。僕も頑張ろう。

他にも、この記者会見を見直すと、たくさんの感想が湧き出てくることだろう。どこかに全文が上がると思うので、座して読みたいと思う。

 
 
追記:引退の辞が出てました
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130906/k10014342371000.html
僕が記事に書いた監督の発言は、この後のQ&Aでの発言です。それの書き起こしも待ってます

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