リボンの騎士をLGBTの観点からリメイクしたら


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先日、子どもたちとアニメ『リボンの騎士』を全部観たんですよね。
で、とても面白かったし、それと、驚いたのです。
「男の心」と「女の心」を持った主人公って、すごく現代性が高い、これ今の時代に即した形で少しだけ話を変えてリメイクしたら歴史的名作になるんじゃないか、って。

もうみなさんリボンの騎士自体はご存知だと思うので、基本的な説明は、はしょります。ここでは、主人公サファイヤが男装した女性ということだけ知ってればオッケーです。

なぜサファイヤは男装しているのか。これは2つの理由があるのですよね。

1つは、「男じゃないと王位を継げない」というその国の法律があるため。
もうひとつは、サファイヤが、天使のいたずらで「男の心」と「女の心」の2つを持って産まれてきたため。

この後者のほう、「『男の心』と『女の心』を持って産まれた」という部分が、最近(ようやく)日本でも認知と受け入れが進んできた、LGBTの一例、またはメタファになりうるなと思ったのです。

放送当時のリボンの騎士は、時代背景もあって、この辺りの設定処理は結構単純化されています。
男勝りの宝塚的なサファイヤが、ゴールドランドのフランツ・チャーミング王子と恋をして、女性化していく。

でもサファイヤが男の格好をしている理由その1についてはそれでいいのですが、理由その2、「男の心」はどうなってしまうのでしょう? いたずらをした天使がその心を取り除いておしまい、では、そもそも理由2はいらないんじゃないかと思うのですよね。

サファイヤは、理由2があるからこそ、男としても振る舞えたし、女としても振る舞えたのです。

だとすると、リメイクする場合のリボンの騎士は……たとえばサファイヤは、他国の王子にも恋をするけど、他国の王女にも恋をする、そして自分の本当の気持ちと(冒険の中で)向き合うことになる、というのはどうでしょうかね。
天使(チンク)にどちらかの心を返すのか、それとも両方持って生きるのか、それは自分の人生の主人公であるサファイヤ次第。他の誰にも強要される権利を渡さない。「わたしはわたしらしく生きる」。そういう「リボンの騎士」を見てみたいなと、なんとなく今朝の通勤電車内で思った次第でございます。

なお、アニメ『リボンの騎士』は、話やプロットや設定そのものも面白いです。古今東西の様々な民話伝承童話神話、そういったものをごちゃまぜにしてひとつの国の中に登場させています。子どもにしてみたら、『リボンの騎士』を見るだけで、ファンタジーというもののテンプレ初級はひととおりマスターできるといった塩梅です。絵や動きも思ったより全然良い(失礼)し、何より華やかで観ていて飽きません。いやはややはり手塚治虫は天才ですね。

まあ、ときどきこんな風な、

Princessnight20151221

「俺の知ってるリボンの騎士と違う」みたいなシーンも挟まれているのですが(笑)。

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