先週末、同じ事務所の同僚の送別会がありました。
彼女は6年働いたこの事務所を、1月をもって退職したのです。
彼女はまるで女性誌から抜け出てきたような人です。凄い美人でお洒落で、それなのに気さくで優しく、いつも笑顔が絶えないという、人類の中では最強の部類に属する人でした。仮にA子とします。
そんな彼女との別れを惜しむ人たちで、送別会は満員でした。
その送別会には、街を歩くと皆が振り向くほど美形だけど軍オタの先輩もいました。
そして、先輩はなぜか、阿弖流為II世を持参していました。
阿弖流為II世。そう、阿弖流為II世と石原都知事でも紹介した、伝説のB級漫画です。それは、お洒落で平和に満ちたこの場にあって、凶々しい毒のような臭いを放っていました。
僕はその漫画を手に取り、パラパラとめくりました。スーツを着た主人公が天井を走っていたり、梨本レポーターそっくりの人が銃殺されていたりと、無茶苦茶です。まったくA子と正反対です。
A子と正反対……これをA子にプレゼントしたら……決して捨てられないように何か工夫を……
もしかしたら、この時点で既に、何がしかの邪悪な霊に憑かれていたのかもしれません。僕は急に立ち上がり、皆に提案しました。
「この漫画に寄せ書きしよう!」
ルールはこうです。阿弖流為II世のどこか好きなページにA子へのメッセージを書く。それだけ。
これを聞いた皆は、最初全くわけが判らないという顔をしていましたが、やがて、自分の想像力の限りを尽くして、A子へのコメントを書きはじめました。
1時間後、阿弖流為II世は、全く新しく生まれ変わりました。数十人分の無駄な知恵の結晶です。赤いボールペンで、勝手にセリフが付け足され、空いてるところに謎のキャラクターが鎮座し、コマとコマとの間の余白にはびっしりとメッセージが書き加えてあります。元々が極めて濃いモンド系のこの漫画が、今や稀代の奇書と成り果てました。
僕はうやうやしく、それをA子に献上しました。
その時のA子の複雑な想いを秘めた笑顔は、決して忘れません。
A子さん、お疲れさまでした。
これに懲りずに、今後ともよろしく仲良くしてくださいな。