今日、電車で座ってたら、隣の男が、急に歌舞伎の女形のような舞を舞いはじめたんです。
年のころは20代後半くらいでしょうか? 目をつぶってウォークマンを聞いていたと思ったら、やにわ手をひらひらとさせはじめ、うっとりとした表情を浮かべながら、首を艶っぽく傾けたり、糸を手繰るような動作をしたりしだしたのです。
こんな動きをする人が隣に座ったのは、僕の人生で初めてです。違和感があってあって仕方ありません。見ないようにしよう見ないようにしようとしても、ついつい目が行ってしまうし、「なんやお前!」という思いをこめて彼を睨みつけても、当の本人は目をつぶって陶酔の世界に入っていて、僕のことなんかまるで見ようとしないし。
ふと正面を見ると、向かい側に座っている、バリバリの営業っぽいサラリーマンも、ガルルルとうなる犬に似た目つきで、僕の隣の日舞な彼を睨みつけています。彼も、あまりにも異質なものが自分の空間内に現れたので、動物としての防衛本能が目覚めたのでしょう。
判るよサラリーマン、お前の気持ち。そう思ったのですが、次の瞬間、なんと、
サラリーマンは、僕のことも睨みつけたのです。
僕と日舞の彼を、交互に睨みつけてます。
……おいおい、俺は違うってば!
違う違う! 仲間じゃないですよ! 赤の他人ですよ! なにこっち見てんだよ! まいったなあ、弁明のチャンス全然ないじゃないですか! 僕何もしてないってのに!
……結局僕らは、約20分の間、ずっとそのリーマンに睨まれっ放しで、電車に揺られていました(ただし、日舞の彼は目をつぶって自分の世界に没頭しているので、ついぞリーマンには気づかずじまいでした)。
可能であれば、できるだけ誤解の少ない人生でありたいものです。