補陀洛山寺に行って、補陀洛渡海(ふだらくとかい)はガチで荒行だったことを改めて思い知りました。
これが補陀洛渡海で使った舟。
まず、この小さな舟に、お坊さんが乗り込みます。少しの食べ物と飲み物だけ持って。
で、外から蓋をします。出れないように。
それから、その舟を、海に流します。
これを「補陀洛渡海」と言います。
死ぬよね!?
そう、死ぬんですよ。100%間違いなく死ぬ。
一応、「補陀洛という理想郷に行く」という目的があったそうなのですが、
行けるわけない。そもそもその補陀洛とやらがどこにあるのかすら判らない。
これは修行としては究極ですよ。
だってその先には、死しかないわけだから。
今の価値観から照らし合わせると、
「それ自殺!? それとも罰ゲーム!?」
としか思えませんが、
当時の人にとっては、自らの全てを南の海にて観音様に捧げるという、
とても崇高で美しい行為だったのでしょう……
補陀洛山寺は補陀洛渡海のメッカで、
25人もの人が、ここから旅立っていったそうです。
しかも、ある時期など、
補陀洛山寺の住職は60歳くらいになると、必ず渡海しなければいけなかったとのこと。
イヤすぎます。その住職にだけはなりたくないものです。
補陀洛山寺と補陀洛渡海についての詳細はこちらで。
この話を聞いてから、補陀洛山寺とそのすぐ近くにある那智海水浴場を見てたら、
ポジティブともネガティブともつかない、不思議な気持ちになりましたよ……