先週末、ageHaに入場するために、深夜長蛇の列に並んでいたんです。
僕の後ろには、デブとヤセの2人組がいました。
見た目は……2人ともヒップホップ風。2人ともタンクトップ。2人ともつばを折ってないキャップをかぶっている。
ヤセは普通の若者ですが、デブは超寡黙です。
イメージできましたでしょうか?
ヤセは列に並ぶのに退屈しきって、寡黙なデブにいろいろ話しかけはじめました。
ヤセ:「あーもう、こんなんじゃあ、家で卵焼きでも食ってた方がマシだったよ、なぁ?」
え?
なんで卵焼き? 好きなの!? ヒップホップと関係あるの!?
僕の疑問は急速に膨らみ、耳はダンボになりましたが、寡黙なデブは微動だにせず、一言も発しません。
ヤセはデブの興味を引けなかったことに気づき、少し考えた後、急に盛り上がって楽しそうに、別の話題を振ってきました。
ヤセ:「あのさ、おまえ、ゴキブリをパッと手でつかんだら100万円やるっていったら、やる!?」
デブ:「………………やる」
ヤセ:「やるんだー! 俺は考えちゃうよ! そんくらいゴキブリ嫌いなんだよなー!」
寡黙なデブは黙ったままです。
ヤセは、さらにお題を出してきます。
ヤセ:「じゃあさじゃあさ、口に一瞬だけゴキブリを含んで、すぐパッと吐き出していいんだけどとにかく一瞬だけ含んで、それで1000万円だったら、おまえやる!?」
デブ:「………………やる」
ヤセ:「マジでー! おまえすごいねー! ホント尊敬するよ! 俺絶対無理だわー!」
……見事なまでに内容のない会話です。
これほど徹底的にどうでもいいトークは、なかなかできるものではありません。なんだって土曜の深夜に男が2人で、寒空の中タンクトップだけで立ち尽くし、こんな話をしなくてはならないのでしょうか?
僕はこの歴史的瞬間を忘れないように、携帯を取り出して、必死で彼らの会話をメモしだしました。
ヤセ:「ねえねえ、じゃあさ、あのさ、サクランボのヘタを舌で結ぶのあるじゃん!? あの要領でさ、ゴキブリの足を口の中で結んだらさ……」
どうやらヤセは、1000万円以上の、すごい報酬を考え出そうと、頭をひねっているようです。
ヤセ:「……あのさ、もう、天国みたいな……」
天国!? 発想力が貧困なのか豊かなのか……
ヤセ:「……もう無限! 一生のうち使える金が無限!」
まあ無限は一番大きいからね……
ヤセ:「お前、無限って知ってる? スト2の時間無制限の、あの無限のマークの無限」
無限を表現するのに、スト2以外の道はなかったのでしょうか?
ヤセ:「無限に金使っていいの! そうしたらおまえ、やる!? ねえねえ、やる!?」
1人で異常な盛り上がりです。どうやら退屈すぎて、頭がショートしだした様子。
寡黙なデブは黙ってお題を聞いた後、熟考してたのか聞いているうちに寝てしまったのか、しばらくしてから、こう回答しました。
デブ:「………………やらない」
ヤセ:「……そっかぁ、そうだよなあ、やらないよなあ、うん、俺だってやらないもんなあ」
ヤセはしきりに腕を組んで、うなずいています。
僕はもう、2人の会話をメモるのに必死です。この後すぐ、
ヤセ:「なあ、オージービーフは超美味いよな」
と話しはじめたのですが、僕はしばらく今までの会話をメモることに集中し、このオージービーフの話はパスすることにしました。
やっとメモってから、再び2人のトークに耳を傾けてきました。
すると、ヤセが飽きもせずに、寡黙なデブにお題を振り続けていました。
ヤセ:「もうさー、お前いま、何が一番食いたい? 言ってみ!? なあ、言ってみ!?」
ヤセは、ひたすら食べ物の話を振ってきます。しかし寡黙なデブは黙ったままです。
ヤセはとうとうネタが尽きたのか、列に並ぶのに飽き飽きしたのか、投げやりな調子でこう叫びました。
ヤセ:「退屈だーなんか話をしてくれよー! シュークリームの話でも人形焼きの話でもいいからさー!」
太ってる人だって、いつも食べ物のことを考えているわけじゃない、僕はそう教えてあげたかったのですが、タイミングをはかれないまま、入場の順番が来てしまいました。
ただ、今思うと、あのヤセがひたすら食べ物に関係のある話ばかりをしていたのは、きっとヤセはデブのことが大好きで、なんとかしてデブに楽しんでほしかったからなんでしょうね。自分も退屈していたけど、相方にも笑ってほしい、みたいな。
数時間後、トイレで、この2人が、ならんで小便をしているのを発見しました。
2人は大の仲良しなんですね。俺はお前たちが大好きだ!と抱きしめたくなりましたよ。
見た目は怖そうだけど話すといいヤツって、よくいるじゃないですか。
この2人はきっとそのタイプなんだと思います。
グレイテスト・ヒッツ
ザ・ノトーリアスB.I.G. (アーティスト), ジュニア・マフィア (アーティスト)
デブになってしまった男の話
鈴木 剛介 (著)