「だから速読できへんねん! 」は、速読のおかげで150kmの球をバットで打ち返せるようになった呉真由美さんが書いた本です。
内容は……なんで速読できない人が速読できないかというと、継続的に講座に通ってないからであり、だからちゃんとスクールに通ってね、という本でした。
ピアノの練習などと同じで、速読もちゃんとインストラクターの元で修行すれば、誰でもできるようになる、という主張にはなるほどとは思いましたが、速読スクールは詐欺が多そうで嫌と思っている僕のような人にとっては、ややガッカリな内容。
ただ、速読ができるようになる、ということは、外部から入った情報を処理する速度が速まる、ということなので、150kmの速球を打てるようになったり、試験の点数が良くなったり、しゃべるのが上手になったりといった、速読の副次的な効用の主張は、それはその通りかもな、と。
まあ、自分の能力のベースをアップするために速読を学ぶ、というのは、モチベーションとしてはなかなか維持がしづらいですが……
「本がどんどん読める本」は、勝間和代さんも絶賛していたフォトリーディングの元名物講師、園善博さんが、詳細は不明ながらフォトリーディングの団体とあれこれあったらしく、そこから独立して、その後に書いた本。
速読の本ではなく、本の読み方を変える「速習」を身につけよう、という本でした。
その方法論は……レポート提出日前日に焦って関連書籍を調べまくる、あのときのやり方を、日常の読書で活かそう、とでもいいましょうか。
知りたいことを決めて、それについて書かれた箇所をパラパラとめくって探し、該当箇所のみを読む。それを気が済むまで問いを変えて繰り返す、というメソッド。
速読ではないですが、読書の目的が、結局は知識や感情、感覚など、何かを獲得することなのだとすると、この読み方の方が頭に残りやすいと思いました。
ウチの相方などは、この読み方ですね(年間300冊くらい読む)。
面白いのは、両者ともエビングハウスの忘却曲線を例に出して、
・人間は忘れる動物だから、覚えられなくてもクヨクヨしない
・たとえば19回忘れれば20回目は覚えるから、効率的に19回忘れよう
と言っている点。この「効率的に繰り返す」というのは、人が学び成長するときのキーワードなのかもしれないですね。繰り返せば身につくし覚えるんだって、小学生の頃に信じることが出来たら便利だったのになあ。まあ今からでも遅くはないか。