本当に良書です。セカンドライフとか関係なく、ネットに興味のある人や、未来を垣間見たい人には超オススメします。
セカンドライフ 仮想コミュニティがビジネスを創りかえる
ワグナー・ジェームズ・アウ (著), 滑川 海彦 (監修), 井口 耕二 (翻訳)
この本は、セカンドライフユーザーやその予備軍向けの本ではなく、むしろセカンドライフに全然ログインする気のない人が興奮して楽しむための本です。
なぜならこの本は、とある狂気の天才が立ち上げた、ベンチャー企業の奮闘記であり、同時に、今僕らが住んでる世界とは物理法則や基本前提が違う、異次元世界の、開拓時代とそこに集う人々を丁寧に取材した、迫真のルポタージュだからです。
この本の著者ワグナー・ジェームズ・アウは、2003年~2006年までは、セカンドライフ運営元のリンデン社に雇われて、セカンドライフの中で起きていることを、セカンドライフの住人に伝える、いわば従軍記者のようなことをしていました。
彼はいかにもジャーナリストらしく、全体から見た視点を忘れないまま、細部を細かく取材していきます。客観的であり、同時に主観的な心の動きも追うことができます。
その結果書き表された世界の……なんと奇妙なこと! なんと興味深いこと!
そこで日々起きる出来事は、クリエイティブな人にとっても、そうでない人にとっても、驚きの連続です。
たとえば、こんな感じ。
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セカンドライフの生みの親、リンデン社の元CEOローズデールは、ビジネスモデルのことを聞かれると、ビッグ・バンから語りだすような人です。彼はセカンドライフの最終形態として、人が死を克服し、または新しい知的生命が誕生するような「リアルな世界」を生み出すことを夢見ているのだとか。
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セカンドライフの初期のユーザーが作り上げた未来都市「ネクサスプライム」。ザッと経緯をおさらいすると、
最初の頃はネオンが輝く高層建築が並ぶきらめく街だったが、すぐに下から腐敗が始まり、地上はあぶない雰囲気のくたびれたバーや倉庫が並ぶ治安の悪い地域となっていった。これをビルダーたちが地面に飲みこませ、クレーターや渓谷だけの荒れ地にして、ネクサスを再建する。ネクサスプライムは高層ビルほどもある鋼鉄の支柱に支えられ、渓谷に浮かぶ巨大な金属板の上に構築されることになった。
という状態で、しかし再び微妙に失敗、今でも変化を続けており、今はネクサスプライムの道路に時折見える亀裂に潜ると、打ち捨てられた倉庫やクレーンからなる、サイバーパンク的な地下世界が繁栄しているのだとか。
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セカンドライフでは、現実世界では変更できない部分を、変えることができます。とある白人女性は、黒人としてセカンドライフを歩いた結果、仲良くしていた人から少し距離を置かれたり、はっきりと罵倒されたりして、黒人として生活することを疑似体験できたそうです。後に彼女は、「黒人であることは、他人の徳の高さを測るリトマス試験紙たりえる」と理解したとか。
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不幸な出来事があって対人恐怖症&引きこもりとなった美女が、セカンドライフ内でファッションとビジネスの才覚を発揮し、セカンドライフ内起業家となって、多くの収入を得ています(セカンドライフのバーチャルマネーである「リンデンドル」は、実際の米ドルと交換が可能なので、リンデンドルを稼げば稼ぐほど、それは現実の収入にもなりえます)。
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アスペルガー症候群や身体障害者など、が、セカンドライフで、自身の特殊性を隠して行動することで、新しい人間関係を学び構築しつつあります。
特に「ワイルド・カニンガム」は、実際には健常者のような日常生活を送ることができない障害者が複数で運営している、セカンドライフ内個人です。彼らはこのようなメッセージを残しています。
「このような我々に対して温かく接してくださったように、欠陥を持つほかの人にも親切にしてあげてください。人はどこかに欠陥を持っているものです。一緒にいて居心地悪く感じる人に出会ったら、どうか、このことを思い出してください」。
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全てを抜き出すと長くなりすぎるのでこの辺にしておきます。セカンドライフは他のネットサービスと違って、その自由度の高さと、ビジュアルインパクトの強さと、多様なあり方の容認のし具合が、まさに「新世界」といっていい様相を呈しています。
僕は昔ニフティで働いていたので、この本を読んで、パソコン通信「NIFTY-Serve」のことを思い出しました。当時NIFTY-Serveには、さまざまな「能動的な人」が集まり、まだルールやノウハウが固まっていない世界の中で、積極的に活動し、ぶつかり、フロンティアを切り開き続けていました。
当時のNIFTY-Serveの、混乱と創造と自由を体験していた人たちは、今でもネットでさまざまな形で活躍しています。有名どころだとワーキングマザーフォーラムの勝間和代さんとか、ビジネスマンフォーラムの切込隊長とか……
たぶんセカンドライフでは、NIFTY-Serveのような、自由と他者の尊重の衝突が、頻繁に起きているのでしょうね。
そしてそれは、外からは全くうかがい知ることができないのでしょうね。
僕は新しい世界が好きなので、読んでいてとてもワクワクしました。ネット系の本でこれだけワクワクしたのは、「カッコウはコンピューターに卵を産む」「シリコンバレー・アドベンチャー」「サイベリア」「ウィキノミクス」「新世紀メディア論」「グランズウェル」以来かも。
ところでセカンドライフそのものは、今はどうなっているのでしょう? いろいろ調べてみると、どうも世間の風評と反して、それほど激しく利用は落ち込んでおらず、むしろ世界同時不況以降は利用が伸びているよう(参考:1、2、3、4)です。
恐らく今は、閉じられた地下世界で、コアな人たちが深く静かに、セカンドライフの可能性を掘り下げている最中なのでしょうね。もしかしたら数年後に、セカンドライフか、または別の仮想世界が、もう一度、大爆発するかもしれません。
クリフォード・ストール (著), 池 央耿 (著), Clifford Stoll (著)
クリフォード・ストール (著), 池 央耿 (著), Clifford Stoll (著)
シリコンバレー・アドベンチャー―ザ・起業物語
ジェリー カプラン (著), Jerry Kaplan (原著), 仁平 和夫 (翻訳)
サイベリア―デジタル・アンダーグラウンドの現在形
ダグラス・ラシュコフ (著), 大森 望 (翻訳)
新世紀メディア論-新聞・雑誌が死ぬ前に
小林弘人 (著)
グランズウェル ソーシャルテクノロジーによる企業戦略
シャーリーン・リー (著), ジョシュ・バーノフ (著), 伊東 奈美子 (翻訳)
スノウ・クラッシュ
ニール スティーヴンスン (著), Neal Stephenson (原著), 日暮 雅通 (翻訳)
モナリザ・オーヴァドライヴ
黒丸 尚 (著), ウィリアム・ギブスン (著)
ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ
ドン・タプスコット/アンソニー・D・ウィリアムズ (著), 井口 耕二 (翻訳)
セカンドライフ 仮想コミュニティがビジネスを創りかえる
ワグナー・ジェームズ・アウ (著), 滑川 海彦 (監修), 井口 耕二 (翻訳)
p.s.関係ないですが、みんなセカンドライフ的な仮想世界というと、すぐスノウ・クラッシュを引用してきますが、僕はこの本を読んだ限りでは、仮想世界の方向性は、むしろモナリザ・オーヴァードライブじゃないかと思います。