マドンナは、怒りを表現するときに最も輝く


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「そういえば51歳なのに恐ろしく可愛らしかった気が。記憶違いかしら?」という点が気になって、「マドンナによるマイケル・ジャクソン追悼スピーチ」を見直してみたんです。

 
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(画像クリックで動画にジャンプ)

 
素晴らしいスピーチです。
何度見ても、強く心を揺さぶられます。

同時に、なんてマドンナらしいのだろう、と思います。
マドンナは、、マイケルがいかにすばらしいアーティストだったかを賞賛するのと同時に、

 
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この、アーティストやセレブだらけで、全世界に中継もされる大舞台で、

 
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自分を含む、身に覚えのある全ての人を、非難しているのです。
私たちは彼を裏切ったのよ、と。

思えばマドンナは、デビューの頃から、社会観念や常識に対して怒りを露にし、人々を挑発することで自己表現をしてきたアーティストでした。

貞操観念、マイノリティ・コミュニティ、キリスト教など……しかし不思議なことに、ギリギリのところで品位があるし、ギリギリのところで憎まれすぎません。

なぜでしょう? ひとつには、彼女は徹底的に、自分自身に対して正直で誠実だからだと思います。
そしてもうひとつは、あんなにバッド・ガールなのに、マドンナにはやはり、伝統的な意味でのマドンナ(聖母)的な抱擁力があるからだと思います。

僕は『イン・ベッド・ウイズ・マドンナ』というドキュメンタリー映画が好きで、3年に1回くらい観直します。
あの中でのマドンナは、バックダンサーの子たちにとっての「手に負えないワルで、わがままなボスで、友だちで、時にママにもなってくれる存在」です。
意図的にせよ無意識的にせよ、色んな側面を兼ね備えたマドンナ。マイケル・ジャクソンに(規模面で)並ぶスターといえば、やはり彼女でしょう。

マドンナが死んだときは、誰が対等な立場から追悼の意を述べるのでしょうね。

 
 
イン・ベッド・ウィズ・マドンナ
出演: ジャン=ポール・ゴルティエ, マット・ディロン 監督: アレック・ケシシアン

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p.s.ジャネット・ジャクソンによるトリビュートライブも未見の方はぜひ。特に終了直後のジャネットの表情を。

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