こんにちは。小鳥ピヨピヨの記事にはたまに真面目なものがまじり、いつも読んでくださっているみなさまを困惑させますが、今日はその真面目版です。
菅直人政権の骨組みがかたまってきたようですね。僕が選挙権を得たときの選挙区には菅さんがいまして、ずっと投票していました。投票してただけで特に関係はないのですが、自分が直接票を投じた人が首相になると、いつもより親近感が沸く感じがします。
ただ……こう毎年のように首相が変わると、次の政権はいったいいつまでもつのやらという、諦めにも似た気持ちもわいてきますね……
だから、僕が次の政権に1つだけ期待することがあるとすれば、それは、
「『責任をとって辞める』のではなくて、
『責任をとって最後までやりとげ』て欲しい」
です。
そもそも、辞めることが責任をとることになっていない気がして仕方ないのです。特に最近の政権では。
鳩山さんも、その前だと安部さんや福田さんも(麻生さんはちょっと違った気がしますが)、辞めたときスッキリした顔をしてた気がするのですよね。
何でスッキリしてるのでしょうか?
「もう自分に責任がなくなる」と思っているからではないでしょうか?
あとの人に何もかも押しつけて、ホッと一息つけるからではないでしょうか?
自分はもうあずかり知らぬ、あとのことはあとの人に任せた、と。
「責任をとる」というのは、「しがみつくのをやめて投げ出す」ということ、でしたっけ?
単に逃げ出したようにしか見えないのですが。
それでもまだ、自民党政権下では、政権がコロコロ変わるのも理解できた気はするのですよね。
もちろんいろんな見方があるのは承知の上ですが、僕からみると、あれは「とにかく自民党以外が政権を握ってくれ!」という国民の願いに対して、自民党が必死になって抵抗してた痕なのではないかと。
だから最後の最後に、クルクルと仮面だけ取り替えて、何とかして延命しようとするのは、戦略としてはわからなくはありません。
でも、民主党政権になってもまだ毎年首相が替わるっていうのは、全く意味が違います。
もちろん個別に見ると、鳩山政権に対してはいくらでも文句を言えると思いますが、1年そこらじゃあ、何も残せないと思うのですよね。特に民主党は政権をとったばかりなんだし。
例えば米国を見ても、不倫疑惑で裁判で証言までさせられたクリントンも、あれほど国民に不人気だったブッシュも、自分の任期はつとめあげています。
全員にいい顔はできないので、必ずどこかで恨まれます。最後までやり遂げるのは、しがみつくのを辞めて手放すより、よっぽど困難です。しかし、全ての批判と闇と重圧を受け止めて、それでも頑張っていく、それが首相に選ばれた人の「責任のとり方」なんじゃないかと思うのです。
第一、毎年首相が変わっていたら、諸外国だって誰と腹を割って話し合えばいいのか、わかりません。
これだけ世界経済が動いている時には、各国が密にコミュニケーションをとって新しい体制を模索していかないといけないと思うのですが、毎年トップが替わってしまう国は、それだけで蚊帳の外に置かれてしまうのではないでしょうか。
マスコミにも問題があります。
日刊ゲンダイとか、週刊誌とか、何でもかんでも「辞めろ!」「辞めろ!」というばかり。
現政権を総辞職に追い込むべく毎日遅くまで残業して頑張るのがジャーナリズムの使命、ではないはずです。
今後、菅さんにどれだけのホコリが出てくるのか判りませんし、どれだけのミスがあるかも予想がつきませんが、ぜひ日本のために歯をくいしばって頑張っていただきたいと思います。
「参院選の敗北を受けて辞任」とかそういうのはナシで。
自分のことを棚にあげて人にばっかり重圧を押しつけ、大変に恐縮ですが。
大臣 増補版
菅 直人 (著)