啓太は「ワクワクさん」の息子だった。
「ワクワクさん」は、某子供向けテレビ番組の主役だ。割り箸や牛乳パックや輪ゴムやボール紙を、はさみで切ったり糊で貼ったりして、毎回いろんな遊び道具を作ってくれる。
タレントというわけではないが、芸能人と言える。しかも啓太と同じ年頃の子であれば誰もが知っている、超のつく有名人だ。啓太は、その点では父が自慢だった。
しかし。
友だちに父の正体をバラすと、相手は決まってこう返してくる。
「すごい! いいなぁ! いろんなおもちゃを作ってくれるんでしょ?」
まさしくその通りで、そこが啓太の悩みの種だった。
啓太の部屋は、父の作ってくれたおもちゃで溢れ返っている。
ストローと輪ゴムでできた鉄砲。紙コップを逆さにして顔が描かれた相撲取り。新聞紙で作った剣と盾。ボール紙製の笛。などなど。
とあるおもちゃは糊がはがれ、別のおもちゃは折れ曲がってる。
正直、パッと見はゴミに見える。それがおもちゃ箱にギッシリと詰まり、箱からはみ出て部屋中をビッシリと埋め尽くしていた。
そんなのどんどん捨てたらいいじゃないか、と思う人もいるかもしれない。実際、世間の他のお家では、ワクワクさんのテレビ番組を見て作ったおもちゃを、何日かしてすぐに捨てているのだろう。
しかしここでは、「ワクワクさんの家」では、事はそう単純ではない。
ワクワクさんである父は、自らの仕事に誇りを抱いている。そしてこの家族は、この手作りおもちゃたちで生計を立てている。
手作りおもちゃたちは、父親の愛情と創意工夫と努力、プライド、そして家族の生活を支える象徴である。そして啓太の家にあるのは、そのワクワクさんが自ら作った、ある意味プレミアム品ばかりだ。
簡単に捨てられるわけないじゃないか。啓太はじっとりとした目でおもちゃ箱を見つめながら、そう嘆息している。
もちろん、おもちゃを捨てたことはある。しかしある夜、父が捨てたおもちゃをゴミ箱から取り出し、台所のテーブルに並べ、何やら供養めいたことをしているのを見て以来、一層捨てにくくなってしまった。
しかしまあ、捨てられないのはあまり問題ではない。
啓太にとっての大問題、それは、「市販のおもちゃを買ってもらえない」ことだ。
この家庭では、なんとなく雰囲気的に、市販のおもちゃを買うことがタブーになっていた。父はその辺にあるものを使って見事なおもちゃを創造してみせるプロフェッショナルとして全国に名を馳せている。その父から見ると、おもちゃを「買う」のは納得のいかない行為なのかもしれない。「俺なら似たような、いや、より良いものを作れるのに、なぜ買わねばならぬのか」といったクネクネした暗い情念が父の頭に湧いてくるのではないか、家族の側にもそんな心配があり、なんとなく「買って!」と言い出せる雰囲気にならない。
結果として、啓太は今まで一度もおもちゃを買ってもらったことがない。
今年もクリスマスが近づいている。みんなキラキラした、新しいおもちゃを買ってもらうのだろう。
啓太の家は違う。彼は既に気づいている。最近、父の就寝が遅いのを。きっとクリスマス用のおもちゃを作っているのだ。今年もまた、木製か紙製か、いずれにしろ手作り感溢れる、それにしては妙にクオリティの高い何かが、25日の朝に枕元に置かれるのだろうか。
しかし啓太は、たまには仮面ライダーの変身ベルトとか、流行りのカードゲームとか、任天堂の携帯ゲーム機とか、そういうものが欲しかった。買いたかった。テレビCMに出てくるやつが、ポスターで貼られているヤツを手に入れたかった。
「……あぁ、お店のおもちゃ買ってくんないかなぁ……」
部屋中を埋めつくす、手作りおもちゃを目の前にしながら、啓太はベッドにうずくまって、つぶやいた。
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