(前編はこちら)
父が、いつものテンションで語りかけてくる。
「おう啓太くん! もうすぐサンタさんがやってくるな!」
啓太はそれとなく自分のメッセージを込めた返事をしてみた。
「サンタ、デパート行っていてくれるといいけどね……」
「ワクワクさん」として全国区で有名な父は、相当面白いジョークを聞いたかのように、大げさにゲラゲラと笑う。啓太はその笑顔の奥に隠されたメッセージを探ろうとしたが、父の分厚い眼鏡が陽の光に反射していて、何も読み取れなかった。
今日はクリスマスイブ。多くの子供たちにとって、どんなおもちゃがもらえるのか、ドキドキが止まらない日。
そして啓太にとっては、決戦の日。
今月に入ってからというもの、彼は折あるごとに、市販のおもちゃが欲しいというニュアンスのことを父に伝えてきた。その結果は明日の朝、枕元に何があるかで決まる。逆にいうとそれまでの間はまだ決まっていない。だから直前まで諦めてはならない。シュレディンガーの猫じゃないが、実際に目にするまでは何も現実化していない。
「今日はクリスマスだな! 作って、ワクワクー!」
「クリスマスと何か作ることは全然関係ないよ……」
「おーっ! 賢くなったなあ啓太くん! 父さん嬉しくて目が回りそうだよ」
「回ってほしいのはライダーベルトの風車だよ……」
啓太は訴え続けた。色んな角度から攻め続けた。
次の日の朝。
啓太はいつもより早く目が覚めた。カーテンが朝日を受け、鈍く光っている。
目を開けて、すぐに隣を見た。
緑の包装紙に包まれ、赤いリボンが巻かれた箱が置いてある。
啓太は深呼吸して身体を起こした。改めて箱を見た。箱には「サンタさんより」と書かれたカードが挟まっていた。
もう一度深呼吸。そして一気に包装紙を破り、箱を開ける。
中には。
大きい風車が入っていた。柄の部分が太いベルトになっている。
厚紙でできた、手作りのライダーベルトだった。形は完璧に左右対称で、風車は奇麗な虹色の七色に塗られ、ベルト部分は分厚く重ね貼りされていた。時間をかけて丁寧に丁寧に作られたことが感じ取れる。よくできていた。
啓太は、しばらくそれを眺めていた。かなり長い間見つめていた。
やがて「あはは、お父さんらしいや……」とつぶやき、部屋を出てキッチンへ向かった。
キッチンには既に父がいて、コーヒーを飲んでいた。啓太を見ると待ちきれなかったように身を乗り出して、こう聞いてきた。
「どうだ、今年はサンタさん、何くれた?」
啓太は一瞬どう返事しようか考え、こう答えた。
「ライダーベルトだったよ」
父は破顔した。
「そうか! そうか!」
啓太は父に向かって、少し微笑んだ。結局は例年と同じ結果、同じ表情だった。
翌日、啓太は、手作りライダーベルトを巻いて公園に行った。
友だちは啓太のクリスマスプレゼントを毎年楽しみにしていたが、今年はまた一段と大受けだった。
「すげー! 手作りのライダーベルトだ!」
「『仮面ライダーワクワク』だ!」
なんて弱そうなライダー名なんだろう。まあいいや。その日は友だちと1日ライダーごっこをして遊んだ。
ボール紙製のライダーベルトは、夕方になる頃には、すっかりクタクタになっていた。啓太は家に帰り、自分の部屋に戻ってライダーベルトを腰から外した。
十年後、啓太はこの「仮面ライダーワクワク」の話を、手持ちのすべらない話として、飲み会のたびに披露するようになる。
二十年後、啓太の結婚パーティのスライドでは、このライダーベルトを巻いた啓太の写真が大写しになる。
四十年後、父の葬儀の後、実家を整理していた啓太は、押し入れの奥にしまってあったおもちゃ箱から、このライダーベルトを見つける。既に自身も父親になっていた啓太は、父がこの手作りおもちゃを作りながら込めた愛情に想いを馳せ、「父さん……」と涙することになる。
しかし全ては後の話。今はまだ小学生の啓太は、この日ライダーベルトをおもちゃ箱に入れた後、ベッドに寝転がり、こうつぶやいた。
「あーあ、来年こそは、お店のおもちゃ買ってくんないかなあ」
<完>