見終わった感想は、
「こんな面倒くさいこと絶対できないwww全然ムリwwww」
でした。
先日、映画『エル・ブリの秘密 - 世界一予約のとれないレストラン -』を観に行ったんです。
エル・ブリは前衛的で独創的な料理で有名な三ツ星レストラン。わずか45席の店内に、年間200万件の予約が入ります。
この映画は、そのエル・ブリの1年を追ったドキュメンタリーです。
予告動画はこれ。
以下、ちょこっとネタバレも入るので、大丈夫な方だけご覧ください。
(ネタバレしても大丈夫な内容の映画ですが)
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エル・ブリは、毎年、半年間お休みして次シーズンのメニューを開発します。
映画はその初日から始まります。場所はレストランではなく、マンションを改造した研究室のようなところ。
オーナーシェフのフェラン・アドリアと少数の部下は、普通の鍋や包丁などの調理器具の他に、化学実験で使いそうな物々しい各種装置も持ち込んで、ひたすらありとあらゆる組み合わせを試し、その結果をデータベースに登録していきます。
もう細かいんですよ。例えば「サツマイモを蒸したのと、揚げたのと、少ない油で炒めたのと、多い油で炒めたのと、真空パックしたのと、少しの水でとかしたのと、多い水で溶かしたのと、泡状にしたのと、タロイモと混ぜで同じことを試したのを作る」とか、そんな感じ。
延々と試行錯誤して、データを貯めていきます。実験結果は全てデジカメで撮影し、パソコンにレシピと共に登録し、印刷してホワイトボードに貼る。
そんなことを毎日毎日、延々と続けます。
映像はひたすら淡々としています。
誰かへのインタビューも挟まりません。テロップもナレーションもありません。一切の説明シーンがないのです。
映像は基本的に引きが多くて、手元の大写しか、シェフの背中が映ってるか、ちょっとした会話をしているか、どれかばかりです。
BGMもほとんどなくて、たまに差し挟まれても、ガムランを超ゆっくり演奏した、眠気を誘う環境音楽。
でも、何故か引き込まれるんですよね。ずっと観ちゃう。
緊張感が伝わってくるんです。そのクリエイティブに対する真剣さと、行われていることのレベルの高さ。
映画的な編集がかなり抑えられているせいで、まるで自分もそこにいるような錯覚に陥ります。
さて。
生命科学の実験室のような作業が延々と続いた後で、場所はエル・ブリに移ります。
ここまでで、オーナーシェフのフェラン・アドリアによると「味の調整はナシ」。
じゃあ先ほどは何をしていたかというと、客に提供する「驚き」を探す作業です。
エル・ブリでは、ただ単に美味しいだけの料理は出ません。新しい感覚、新しい体験、新しい驚き。それを追求していたのです。
レストランに作業場を移してからは、実験の成果を生かして、味を調整し、実際のメニューに落とし込み、それを毎日大量生産するシステムを作り上げる作業に入ります。
味を調整して、コースの順番を決めて、作り方の手順を整える。
エル・ブリでは、お客様は4時間かけて35品のコースを食べます。例えば1品作るのに2分遅れたとすると、35品では70分も遅れが出ることに!
ほんの少しの作業ミスが全体のシステムを壊してしまいかねません。コック全員が機械のように精密に、互いが連動して動く必要があります。
で、すったもんだと試行錯誤して、フェランがひとこと。
「どうやら今年もなんとかなりそうだな」
彼はこれを毎年続けていたのです。それに思い当たったとき、その膨大な作業量と試行錯誤に、思わずげんなりしました。
まさに「好きじゃないとできない」世界。
と、いうわけで、アンソニー・ボーデイン著『キッチン・コンフィデンシャル』を読んで以来、ほんのかすかに抱いていたシェフという仕事に対する憧れも、奇麗さっぱりなくなりました。
僕は僕で、フェランにおける料理創作と同じくらい、好きで時間と手間暇をかけられるものを見つけたいと思います。
ドキュメンタリーとしては、とても面白いです。一流の世界を、できるだけ監督による演出を排除してそのまま観ることができます。機会があればぜひ一度ご覧になってみてください。仕事に対するスタンスが変わると思います。
シネスイッチ銀座で、少なくとも1月いっぱいはやってるそうです。
最後に。ゆず、抹茶、うめぼし、醤油などなど、日本の食材や調理法もたくさん出てきます。この映画でメインの食材として出てくる「オブラート」も日本で見つけたそうです。
フェランは日本の料理にも注目していて、来日中に日本料理店「壬生」に行ったときは、涙を流して「これまで自分たちがクリエイトしたものが、全部入ってる。これを400年も昔から食べていたのか」と感激しながら食べていたそうです。
壬生の大将とおかみは、フェランから「日本の父母」と慕われているとかいないとか。
まあ日本人は美食好きですからね。エル・ブリは惜しくも去年閉店(今後は料理研究財団になるとのこと)して行けないのですが、千生だったら、もしかしたらいつか行けるチャンスがあるかも……完全会員制の料亭なので、誰かに誘われないと入ることすらできませんが……