父がここ数年、太極拳にドはまりしているのは、知っていたのです。
スポーツクラブでのレッスンも足繁く通って、発表会に出て演武して、その晴れ舞台を撮影した写真をいそいそと購入したりしていましたし、それ以外にも真北斐図という、ものすごく本格的な香りがする老師からも学んでいました(夏の恒例「六本木ヒルズ朝の太極拳」で教えてる老師です。書籍も多数)。
毎日欠かさず練習し、理論解説書『太極拳理論の要諦―王宗岳と武禹襄の理論文章を学ぶ』もこんな風にビッシリと書き込みして、深く勉強しているようでした。
だからまあ、その成果が普通に出てきたということだとは思うのですが……
しかし先日実家に帰ったとき、父が急に、
「お父さんは、発勁が打てるようになってきた」
と言い出したときは、びっくりしましたね。
え!!!
発勁って!!!
あの、拳児とかジョンス・リーとかが放つ、一撃必殺の大打撃技のこと!?!?
人体を内部から破壊する、北斗神拳みたいなやつのこと!?!?
何なのそれ? もしかしてすごい話なんじゃないの?
お父さん、そっち方向にズンズン突き進んじゃうわけ!?
父が、試しに発勁を打つような動きをしてくれます。
ゆっくりと手を前に出しただけなのですが、こちらにかめはめ波のように突き出された掌に、妙な迫力を感じます。
素人目に見ても、かなり本格的な動作です。体中の細かい筋肉の微妙な使い方がコツなのだそうです。
あと、体内に気を通すというのもやってくれました。発勁も気を通す動きのひとつなのだそうです。
「お父さんは気が降りてくるのが分かる……分かる……」
とつぶやきながら、目を半眼に閉じ、頭頂から何かが入って丹田に降りていく的な動きを実演してみせます。何やら例のあなぐまのような無害げな動きです。
イメージでなにかエネルギー的なものを流したり下ろしたりしているのと、身体の具体的な細かい使い方、両方が混じり合っている感じでした。徹頭徹尾エンジニアであり研究者である父が言うのだから、思い込みや勘違いではなく、実感として確かに何か感じるところがあるのでしょう。
また、父は、二十四式とか三十二式剣と呼ばれる、太極拳の動作の1つ1つの名前を、中国語読みでスラスラ言えるようになっていました。
まるで馴染みのない発音を大量に暗記。そこに膨大な勉強時間を感じさせます。
あまりに一生懸命学ぶので、最近は老師に愛弟子扱いされているのだそうです。
なんでも「健康法向けに簡略化されていない、本物の陳式太極拳」を伝授させてくれそうなのだとか。普通じゃ習えないので秘伝みたいになっている動きだそうです。
ちょっと待って!!! その老師よりうちの父の方が年上なんですけど!!!
普通秘伝って年下に伝授するんじゃ!? 次世代に継承されるために!!
父は太極拳をはじめてまだ3年くらいのはずなのですが、かなり想像を超えたことになってきました。
まあ、仕事一筋だった父が定年退職後に夢中になれる趣味(太極拳と、あと有機農業)を見つけられて、家族としてもよかったなあと思います。
あの真面目な父が、庭で、片足を上げて鶴の舞のようなポーズをとったり、ドラゴンボールのような構えをとって「当方に迎撃の用意あり」的な表情をキッと極めたりするのを見るのは、なんといいますかかなり非現実的でシュールで、思わず笑っちゃいますが。
そのうち吉祥寺方面で、発勁を打ち込まれて窓ガラス突き破って宙を舞い路上に吹き飛ばされてる人を目撃できるかもしれません。それは十中八九、父との喧嘩に負けた僕の姿なので、どうぞ優しくしてあげてください。
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太極拳理論の要諦―王宗岳と武禹襄の理論文章を学ぶ
銭 育才 (著, 原著)
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