『かぐや姫の物語』は僕の中の高畑勲(『火垂るの墓』)トラウマを消した


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以前、友だちから、こんな怪談話を聞いたことがある。

「子どもの頃、親と一緒に『となりのトトロ』を観に行ったんだよ。
そのころ映画を観に行くなんてさ、楽しくワクワクしに行くに決まってんじゃん。
そしたらさ、同時上映が『火垂るの墓』でさ」

友だちは、『火垂るの墓』のあまりの悲惨な戦争映画っぷり、そして悲惨な戦争映画としての大名作っぷりに大変なショックを受け、それからというもの、寝つきが悪くなってしまったという。

僕は恐怖した。この世にそんな罠が潜んでいるなんて!
可哀想な話が三度の下痢より苦手な僕は、火垂るの墓の監督である「高畑勲」という人の名前を心に刻み、決して不用意にこの人のアニメは見まい、と、堅く誓ったのであった。

しかし。

このたび『かぐや姫の物語』を観て(ご招待ありがとうございます)、僕の中の高畑勲トラウマは消えた。
ハッキリいって僕はこのアニメに心を打たれた。これ最高じゃないですか? すんばらしい。

Kaguya2013120501

あまりにも良すぎてビビりました。

2時間強の作品なんだけど、アッという間に時間が経っちゃう。
こんなに集中して映画を観たのは久しぶり。

理由はまず第一に絵。アニメーションが素晴らしい。
日本の大和絵風なタッチと、今どきアニメっぽいタッチが、絶妙に配合されている。

止め絵でも充分に美しい絵が、動く動く、動きまくる。
特に野山を駆け巡るシーンが逸品。
かぐや姫が花草と共に転がり疾走する、その動きの伸びやかさ。ダイナミックさ。

宮崎駿アニメの象徴が「空を飛ぶ」だとすると、高畑勲のアニメを象徴するのは、この『かぐや姫』や、あるいは『アルプスの少女ハイジ』が示すような「野を駆ける」なのだと思う。

かぐや姫の美少女っぷりも良い。ナウシカやもののけ姫から魔女の宅急便から延々と続く、「凛とした」ジブリ美少女の系譜を正統的に受け継いでいる。

声優も見事にマッチしている。かぐや姫の声は、まさに竹を割ったように清々しい。他の人たちの声も全て違和感ない。
音楽も良い。久石譲だ。もしかしたら邦画の半分は「音楽:久石譲」じゃないかと疑うくらい僕はこの人の名前をよく目にするのだが、今回は、また一段と素晴らしかった。

そしてなにより、物語が良い。

基本的には「竹取物語」そのものだが、ほら、竹取物語って、イマイチどこに感情移入していいかも、話のポイントはどこなのかも、よくわかんなくないですか?

この『かぐや姫の物語』は、その「竹取物語の登場人物たちの感情の動き」を捉えようとしている。そして僕から見ると、それは成功していて、だから大変にわかりやすく、また、共感する作品になっている。

(本筋ではないけど、幼子のかぐや姫がよちよち歩きするのを見る爺、良かったなあ。そう、震えるほど愛おしいんですよね。)

宮崎駿は「この映画で泣くのは素人」と言ったそうだが、いいよ泣くくらいは素人でも。非常に感動度の高い作品でした。
絵やら音やら話やらに圧倒され、気がついたら2時間20分。僕も(実にめずらしいことに)ウルッと来たし、劇場内はみんな涙でグズグズでした。

しかし。

観終わった後に残るのは、「果たして自分は、自分が生きたい人生を、本当に生きているのだろうか」という、内省的な問いです。
ネタバレは書きませんが、たぶん同じような感想を抱く方は多いんじゃないかな?

シンプルなんだけど深い。
アニメとして単純に楽しめるんだけど、根源的で深い主題も持っている。

『かぐや姫の物語』超オススメでございます。

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