面白かった。むっちゃ笑いながら、いま人気急上昇中の「アドラー心理学」の真髄をガッツリと学ばせていただきました。
嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
岸見 一郎 (著), 古賀 史健 (著)
『嫌われる勇気』は、「青年」と「哲学者」の対話形式で進むアドラー本です。『20歳の自分に受けさせたい文章講義』の古賀史健さんの新作ですので、読みやすさは保証つき。
この本、とにかく「青年」がすごいのです。
青年は、ある日突然、やたら激しい苦悩を抱えて、哲学者のもとを訪れます。
青年がなぜそんなに悩んでいるのかは不明。解説は一切なし。とにかく青年が「熱い」ということと「ものすごく悩んでいる」ということ、そして悩んでいるくせに学ぶ気はなく、逆に哲学者を「完膚なきまでに論破」しようとしていることという状況設定だけがあります。
つまり、島本和彦なのです。意味なく、むやみやたらと熱い、島本和彦先生の作品に出てくる登場人物のようなのです。
名作、『逆境ナイン』『アオイホノオ』『燃えよペン』『ヒーローカンパニー』などなどに登場する、あのキャラクターたちなのです。
イメージ画だと、この本に出てくる「青年」は、こんな感じです。
熱い。あまりにも熱いですね。
逆境ナインより
青年は、哲学者の言葉をフンフンと静かに聞いていたと思ったら、突然叫んだり、なげいたり、罵倒したり、打ちのめされたり、そりゃもうせわしなくリアクションしまくります。
例えばこんな感じ。
哲学者(以下「哲人」) ええ、わたしはあなたの過去について、なにも知りません。ご両親のことも、お兄さんのことも。ただ、わたしはひとつだけ知っています。
青年 何を!?
哲人 あなたのライフスタイル(人生のあり方)を決めたのは、他の誰でもないあなた自身である、という事実を。
青年 くっ……!?p121 「人生の嘘について」より
ここ、ライフスタイルという重要な概念を説明する場面のはずなのですが、青年の「悔しいけど反論できない感」がひしひしと伝わってきて、そっちばかりに気を取られてしまいます。
あるいは、こんなパターンもあります。
哲人 認めてもらえるとは?
青年 ふっ、回りくどい誘導尋問はやめていただきましょう。先生もご存知のはずです。いわゆる「承認欲求」ですよ。対人関係の悩みは、まさしくここに集約されます。われわれ人間は、常に他者からなの承認を必要としながら生きている。相手が憎らしい「敵」ではないからこそ、その人からの承認が欲しいのです! そう、私は両親から認めて欲しかったのですよ!
哲人 わかりました。いまのお話について、アドラー心理学の大前提をお話しましょう。アドラー心理学では、他者からの承認を求めることを否定します。p132 「承認欲求について」より
人生において「回りくどい誘導尋問はやめていただきましょう」みたいな芝居がかったセリフ吐く機会ってほとんどないし、その後の青年のボルテージの急上昇っぷりがただごとではありません。どうしたのお前!?と心配になるレベルです。
最後はもはやフォルテシモ!!!
なのに哲人は「わかりました」の一言であっさりと青年の熱風を受け流し、話を先に進めてしまいます。
このオチ。まさに島本和彦風。最高です。
こんなシーンもありました。
哲人 さて、整理できましたか?
青年 ……少しずつではありますが、見えてきました。しかしですね先生、お気づきでないようですが、あなたは先ほど、とんでもないことをおっしゃいましたよ。あまりに危険な、世界のすべてを否定しかねない暴論を。p208 「勇気づけについて」より
青年の大げさすぎる暴言の方が気になります。まあ落ち着いて落ち着いて……そこまで大問題じゃないはずでしょ……
オロオロの仕方も、実に島本和彦っぽいです。
哲人 <前略> わたしにとってのあなたは、かけがいのない友人だと。
青年 ……。
哲人 違いますか?
青年 ……ありがたい、ありがたい話です。でもわたしは怖い! 先生の、そのご提案を受け入れることが怖い!p217 「ふたたび横の関係について」より
激しいのに臆病。勇ましいのに腑抜け。これもまた島本和彦っぽいパターンの一つで、愛おしいです。
以下も島本和彦っぽいですね。
青年 他者に貢献するのは自分のため?
哲人 ええ。自己を犠牲にする必要はありません。
青年 おやおや、これは議論が危なっかしくなってきましたよ? 見事に墓穴を掘ってしまいましたね。「わたし」を満足させるために、他者に尽くしてみせる。それはまさに、偽善の定義そのものではありませんか! だからわたしはいったのです。あなたの議論は全て偽善だと! あなたの議論は信用ならないと! いいですか先生、私は嘘で塗り固められtら善人よりも、己の欲望に正直な悪党を信じます!p238 「他者貢献について」より
まずは「おやおや」と勝ち誇ったようなセリフからはじまり、また一言一言話すたびにどんどんヒートアップしていって、最後は謎の宣言を叫ぶことで終わる。まさに島本和彦の真骨頂だと言ってもいいでしょう。
(注:この本には島本和彦先生は1mmも関与していません)。
肯定パターンもあります。それももちろんただの肯定ではなく、
哲人 たとえば戦禍や天災のように、われわれの住む世界には、理不尽な出来事が隣り合わせで存在しています。戦禍に巻き込まれて命を落とした子どもたちを前に、「人生の意味」など語れるはずもありません。つまり、人生には一般論として語れるような意味は存在しないのです。
しかし、そうした不条理なる悲劇を前にしながら、なにも行動を起こさないのは、起きてしまった悲劇を肯定しているのと同じでしょう。どんな状況であれ、われわれはなんらかの行動を起こさなければなりません。カントのいう傾向性に立ち向かわなければなりません。
青年 ええ、ええ!
哲人 では仮に、大きな天災に見舞われたとき、原因論的に「どうしてこんなことになったのか?」と過去を振り返ることに、どれだけの意味があるでしょうか?
われわれは困難に見舞われたときにこそ前を見て、「これから何ができるのか」を考えるべきなのです。
青年 そうですとも!p278 「人生について」より
青年が満面の笑みで、首の骨が折れるんじゃないかっていうくらいガックンガックンと頷いている絵が、ありありと思い浮かびます。
と、まあ、こんな感じで、「青年熱いわー! 超熱いわー!」とニヤニヤしみながらアッという間に読み終えてしまう、それが本書です。
それでいて、この本は、内容はとてもしっかりしています。
重要なことがたくさん書いてあります。
例えば「承認欲求」。最近、承認欲求について問題にしたり言及したりしている言説をネットで多数見受けられますが、アドラーはここに深く切り込んでいます。
もし現在のソーシャルメディアが人の承認欲求をいたずらに刺激することで暴利を貪るシステムなのであれば! 承認欲求から自由になるアドラー心理学こそ! 今われわれが学ぶべき哲学ではないでしょうかっ!
……僕にまで島本和彦ノリが移ってしまったようです。とにかくこの本、面白いセリフを拾ってもいいし、アドラー心理学についての理解を深めるためにも良書です。
著者の古賀史健さん自身、何度も岸見一郎(本書の原案者)の元を訪ねて議論を重ねたそうですから、もしかすると軽く自伝なのかもしれないですね。
何度も繰り返し読めるし、繰り返し読みたくなりますので、読みたい方はご購入をオススメします。