とあるちいさな地方都市の銭湯で。[ゴースト]


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※ゴーストライターによる投稿です

例によって少々考えに困ってクルマを走らせた。アイディアが湧かない。仕事が先に進まない。だいたいそういう時は人が少ない場所へとハンドルが向いてしまうことが多い。海の方面に向かうことは滅多にない。なぜだか、山だ。その晩もやはりハンドルは山の方へと向いた。

高速道路はどうも思考の邪魔をする感があって好まない。ひたすら下道を走る。西へ向かう街道を無心にすすむ。賑やかな街を通り過ぎ、湖の脇をかすめて細くなってきた昔の街道町の風情が残る国道ぞい。県境を越えると街灯もまばらになってくる。クルマの操作に集中しながらだんだんと気持ちが和らいで、運転とは別の流れが頭と心の中にできてくる。が、しかし。

この夜はどうもそこに至らない。届かない。なんだろう、なんだろう、と考えながらふと気がつくと、何度も左手が肩にまわって無意識に筋肉を揉みほぐそうとしている。ひどく肩がこっているようだ。集中力がひどく落ちている。気がついてしまうともうダメだ。肩が気になって仕方ない。腕まで重たくなってきたような気分で少々困り果て、通りかかった町へバイパスを外れて入って行くことにした。銭湯を探してなんとかからだが動くようにしてみよう、と考えたのだ。
 
1

銭湯、なかなか見つからない。ここは温泉街の隣町、そういう場所ではかえって見つけにくいのだろうか、など考えながら夜の市街地をさまよった。引き返して温泉、という手もあるのだが、なんだか温泉より銭湯が好きなのだ。さんざ探してやっとこさ。果たして銭湯が一軒、見つかった。どうやらこの町は夜が早いようで、銭湯は軒並み夜9時には閉まってしまう様子。滑り込みでたまたま駐車場がそばにある風呂を見つけたという次第。特に選んだわけではない風呂だった。
昔風の数寄屋造り、というわけでもなく、かといって最新のジェットバス完備、という風でもない。ごく普通の、いや、少々くたびれた感じの地方のよくあるお風呂屋さん。兎にも角にもお湯の中でからだを伸ばしたい。そういう思いでいつもはこだわる下駄箱の番号も気にせずに、そぞろ下駄を預けての番台通過。さっさとパンツを放り出し湯船に飛び込んだ。

ちょいとぬるめのお湯は大変心地よく、ゆるりとからだが温まり筋肉の硬直が取れてゆく。極楽、極楽。
ひとしきり入っては出て、を繰り返し我を取り戻すとおや、番台さんは女のひとか。なかなか美人だったんじゃないのか、などいい加減なことを思い始める。からだも頭もやっと緩んできたとみえる。
さっぱりして風呂を出て。カゴの着替えを掘り返してタオルを見つける拍子にふと振り返ると番台さんと目があった。おっ、こりゃあ。

年の頃は30代の終わりか越えたか。化粧っ気はなく、少々お疲れの様子だが、どうにも人好きする、ちょいと色っぽい雰囲気がある。
照れ臭くなってそそくさとパンツを履いて、そっぽを向くふりをしながら汗が収まるのをゆっくり待った。
 
あれきり、私きり、お客はこなかったようだ。やはり閉店ギリギリに飛び込んでしまったか。
ちょいと悪い事をしたなあ、と衣服を整えていると、件の若女将が声をかけてきた。
「ご近所ではないですね?どちらから?」
東京から来た旨、何かうまいものを食べたいなど四方山話が始まった。喋り方がおっとりしていて耳心地がいい声だ。いろいろ話していると、どうやらやはりこの辺り、夜が早い様子。仕方あるまい。実はバイパス沿いに一軒、行ったことのあるインドレストランがある。可もなく不可もなく。まあ、そこにでもよるか、と少々諦め気味。ああ、そうだ。
「すみません、ここら辺にマッサージをしてくれる店はありませんか?ちょっと無理をして出てきたので肩腰が痛くて。いい整体師さんがいるとありがたいのですが。」
そう聞くと、件の番台の若女将、困り顔で
「そうですねえ。早い時間なら何軒か知っているのですが。食事だけではなくほかも早いんですよ。」と答えてくれた。
いや、致し方ないなと礼をいって腰を上げかけると若女将が「あの、、、」と、おずおず声をかけてきた。
「あの、ご迷惑でなければわたしがほぐして差し上げましょうか?少し心得があるんです。」と。
おやおや、おもしろい雲行きになってきた。
少しだけ格好をつけて「いやいや、それは申し訳がないです。お仕事していらっしゃる途中でしょうし。」と告げるとなんとも言えないほんのりとした笑顔で「いえ、もう閉めるところだったのですよ。お客さんでお仕舞いです。」といったきり小走りで脱衣場を出て行った。下駄箱の向こうでガラガラガラ、とシャッターが閉まる音がする。もう一度おやおや、と心の中でつぶやいて、思わずにやりと笑みが出てしまった。おっとりした感じと疲れた雰囲気が色っぽい風呂屋の若女将と二人きり、だ。さで、どこにころがるやら。
 
やがて表の仕舞いを済ませた若女将が帰ってきた。
「ごめんなさい、お待たせしちゃって!」と息を切らせて脱衣場に飛び込んできた。なにやら先ほどと違って可愛らしい仕草。またおやおや、だ。楽しくなってきた。
 
  2
 
「せっかく上着をきたのにごめんなさい。シャツになっていただけますか?」
ときた。色っぽい低い声。なにをか期待するのも無理なからぬ話し。大人の時間はこれからだ。
地方都市のうらぶれた銭湯、美人の若女将と旅の途上の顔色冴えぬ男。三流だが堂々たる役者の布陣である。こりゃあちょいとしたドラマ仕立てだ。なんだかこの状況に嬉しくなってニヤニヤしていると「あら、楽しそうね。どうかして?」と打ち解けたセリフ。こりゃもう沈没だな、とますますニヤニヤが止まらない。すると彼女が「では始めます」というとするりとカーディガンを床に落としてニット一枚になった。「目をつぶっていてもいいですよ」と囁くと後ろを取られた。さあ、もうわたしはあなたの思うがままだ。すべておまかせしよう。そう腹に決めてだらりと腕を垂らす。籐の椅子に座ったわたしの後頭部上あたりから聞こえてくる甘いささやきを耳に、目を閉じた。
 
「ごめんなさいね」と言ってわたしの肩や肩甲骨を触れるか触れないかの間合いでスーッとなでる。「ここら辺かしら」「はい、だいたい」もうこれは、まな板の上の鯉のような心情だ。どうとでもしてくれ。
すると件の彼女「では失礼します」と言ったきり、押し黙った。
 
なんとなく、ふんわりとした気配はあるのだが、ちっともわたしの方や首に触れてこない。うむ、なんだろう。しばらくそのなにか気配があるものの、触ってくるものなし、という宙ぶらりんの状態が続いた。たまにいい匂いが漂うのがなんとも切ない。
 
じりじり、じりじりと時間が過ぎる。たまに、なんとなく気配のような暖かさのようなものを感じるが、どうにも肩や首に触れてきてくれない。うーん、もう我慢が出来ないな。そっと目を開けて、脱衣場の壁にある鏡に目をやると。
 
真剣な顔をした彼女はわたしの背中の肩甲骨あたりに手をかざしてじっとしている。時折場所を変えては手をかざす。それを繰り返しているようだ。
 
なるほど、そうか。
わたしはそういうものに関して特に抵抗はない。逆に自分の不信心を恥ずかしく思っており、何かを信じて進む人を目にすると眩しいなあ、と思ってしまう。若女将もその部類の人のようだ。
そうか、そうか。そう心でつぶやいて、今度は肩の力を本当に抜いて、また目をつぶった。さっきよりもわくわくする気分は減ったがリラックス感は、増えた。
 
ひと通りの施術が終わったようで「よろしいですよ、どうですか」と声がかかった。「いや、どうもありがとう。本当に助かりました。」心なしか、本当に肩が軽くなった気がしたのだ。プラシーボだかなんだか知らないが、そう思えたからそれでいい。
 
少し上気した顔でこちらを見る若女将。
丁寧に礼を言って、また少し四方山話をして。
おっと、すっかり遅くなってしまった。そろそろお暇せねばね。
 
さて、東京までの帰り道。
思い描いた先行きと、ちょっと違ったオチがあった今日。
車の中でもう一つの別の結末でも想像しながら、のんびり下道を帰るとするか。
思わぬ地方の町に知人ができた。
 
 
 
*フィクションです。
 
CM:ゴーストライター、カレー取材なら @hapi3 まで。FBも。
 

 

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