前回から一年経った、2014年12月24日深夜2時。
寝室の窓の外に映る影は、間違いなくサンタクロースのそれだった。
あたしは寝たフリをしていたが、それはプレゼントを置いていって欲しいからではなく、単にとっとと去って欲しかったからだ。
あたしの名前は風魔ナナ。17歳の現役女子高生にして、先祖代々なんとなく暗殺術・陰陽術を一子相伝している、伝統ある風魔一族の末裔。
あたしは去年、サンタクロースを、乙女の部屋に侵入してきた変質者と思い込んで、殺ってしまった。そして喋るトナカイたちに次期サンタになるように迫られたが、間一髪、サンタに似た高校の教師を紹介し、難を逃れたのだった。
つまり、何がいいたいのかっていうと。
今、はた目には「家にサンタクロースが来た」というファンタスティックで楽しい予感いっぱいの光景っぽく見えるが、実際は「去年までウチの教師だったおじさんが、クリスマスイブの夜中に窓の外に立ってる」という、すごい嫌な状況ってこと。
教師、もう少し詳しく言うと、体育教師のフクザワだ。権力を乱用するのが好きな下品なヤツで、真冬のグラウンドを延々と走らせたり、水泳の授業もどうしても自分がやるといって周り中の教師に取り押さえられたり、やたらと懸垂させようとしたり(腹が見える)、職員室で延々と説教ですらない話を聞かせたりするヤツだった。そのくせして白い髭をたっぷりとたくわえ、笑い方は「ホー、ホー、ホー」。生徒の間では「サタンクロース」というあだ名がついていた。
だから去年は、むしろ良いことをした気になっていた。フクザワも気持ちよく次期サンタになったようだし、あたしたちはフクザワから解放されるし。
そう、これはWin-Win。関係者全員がハッピーな結末。そう思ってこの一年すっかり忘れていたのだが……
そうだった、サンタクロースは年に一度、やってくるのだ。部屋に直接。
いや、でも、去年のトナカイの説明によると、本物のサンタが訪れるのは、上位1%の良い子にだけなはずだ。あたしがその中に入るはずがない。
あたしは今年一年、基本的には遅刻で、勉強だけはギリギリついていっていたが、まあ素行態度が悪く、それを教師に怒られれば全力で反撃し、バイト先では客が「野菜多めで」と言ってるのにいつもと同じ量しか盛らず、家の手伝いなどロクにせず、服は脱ぎ散らかし放題、友だちとカラオケ行ったり公園行ったりLINEしたりVine観たりして遊びながら、ヒマになると地下室にこもって想像力のみで作り上げた巨大カマキリ相手に格闘術を磨く、そんなことしかしてなかったからだ。
とうてい、良い子のはずがない。
しかし……やはりあれはサンタクロースだ。
それとも、今回こそ、本当に変質者なのだろうか?
しばらく息を潜めていると、窓から、
「ホー、ホー、ホー」
と、耳慣れたイラッとくる声がした。
ほらやっぱフクザワじゃねーか!
我慢の限界に来たあたしは、ガバッと布団をはねのけ、起きて窓を開け、憤怒の形相で叫んだ。
「自分とこの女生徒の部屋になにしに来やがった! 帰れ!」
目の前には、サンタクロースが立っていた。赤い帽子。赤い服。背中に背負った大きな袋。後ろに従えた九頭のトナカイとソリ。
でも顔は……フクザワだ。
フクザワが口を開いた。
「女生徒……何を言ってるんだいホーホーホー。私はサンタクロースだよ。今夜は良い子にプレゼントを……」
「オレが良い子のはずねーだろ! データベースちゃんと確認したかのかよ!?」
「で、データベース! ホーッ! ホーッ! ホーッ! いかにも若い子っぽい言い方ですなあ」
変な笑い方をしている。完全にフクザワだ。
あたしは声のトーンを下げた。
「とにかくさ……帰ってくんないかな。あたしヤだよ、夜中にあんたが部屋に入ってくるのはさ。いくらなんでも」
「そうはいってもサンタクロースは夜中に寝てる子の枕元に……」
「フクザワだろ!? フクザワでしょ!? いつまでサンタクロースって言い張ってるわけ!?」
そこまで言って、あたしは、はた、と思い出した。
確かにフクザワを次期サンタに推したのはあたしだけど、当のフクザワと交渉したのはトナカイで、フクザワはあたしが間に入っていることを知らないんだった、ってことを。
そして気づいた。本名を言い当てられて、今、サンタクロースことフクザワは、ありえないほど動揺しているってことに。そわそわと落ち着きなく、きょろきょろ辺りを見回し、額から汗をダラダラ流しながら、一生懸命サンタクロースを取り繕おうと、「ホー、ホー、ホー、ホー、ホー」を繰り返しているってことに。
……そうだった。悪かったな。
強制じゃないとはいえ、あんた、あたしの替わりになってくれたんだもんな。
でもそれとこれとは話が別。あたしの部屋にはぜーったいに入れたくない。
あたしは窓の前に仁王立ちで立ちはだかった。アナ雪パジャマのままで超寒いけど、ここは踏ん張りどころだ。
すると、サンタクロースの後ろから、声が聞こえてきた。
「早くしろ。今夜中に一千万人の子どもたちにプレゼントを配らなくてはならないのだぞ。一ヶ所に時間をかけてはならない」
トナカイたちだ。
ダッシャ-、ダンサー、プランサー、ヴィクセン、コメット、キューピッド、ドンダ-、ブリッツェン、そして『赤き鼻』ルドルフ。このサンタクロースのイベントを実質的に取り仕切る黒幕。空を駆け人語を解す獣。まさしく神話世界の生物。
「お前はまだサンタクロースとしては一年生だから仕方ない」
「だが、そんなことは子どもたちには関係がない」
「24日に届かぬプレゼントなど意味が無い」
「2000年前後のEコマース黎明期に、注文を受けすぎたオンラインショップがことごとく24日までに配送が間に合わず、世界中の親からクレームの嵐を浴びた」
「本家がそんな目にあってはならない」
「我々の伝統を汚してはならない」
「さあ、とっとと仕事を済ませろ」
「何をしている。早く済ませろ」
九頭のトナカイが、まるでひとつの頭脳を共有しているかのように、間をおかず次々と話す。
ただでさえテンパってるサンタクロースことフクザワは、その声を聞いてガタガタと震えだした。この一年いったい何があったのか……よほど厳しい訓練でも受けたのだろうか。ざまあみろ、と少し心の中でせせら笑ったが、次にフクザワが起こした行動で、あたしのそんな余裕は吹っ飛んだ。
「ホ、ホーーーッ!!!」
と叫んで、フクザワが、あたしを飛び越えたのだ。
少し驚いた。大荷物を背負って身長160cmのあたしを飛び越えるなんて大した跳躍力だし、あたしと窓の間の隙間は数十cmくらいしか空いてなかったというのにそれをすり抜けたのもすごい。
フクザワ、着地。そこは部屋の中。
あたしはカッと頭に血がのぼった。
「フクザワ!! てめぇ!!!」
あたしはフクザワをとっ捕まえて外に放り出そうとした。しかしフクザワは俊敏だった。そんなに広くない部屋なのに、ギリギリのところであたしの手を逃れて逃げまわる。
「逃げんな!」
「ホーッ! ホーッ!」
「なんなんだ! 逃げんなって!」
ちびくろサンボみたいにぐるぐると追いかけっこしているのが、自分でもアホらしくなってきた。しかも相手はサンタクロースで、かつ元の素性もすっかり知っている、できるだけ距離を置きたいおじさんだ。
なんかいろいろかったるくなってきたちょうどそのとき、再び、窓の外から声というか九頭の合唱が聞こえた。
「「「「「「「「「早くしろ」」」」」」」」」
その静かだが歪みのない断固とした声色に、思わず窓の外、つまりトナカイの方を見た。
トナカイの目と、数十に枝分かれした角のそれぞれの切っ先が、蒼い光を放ちはじめている。
ヤバい。去年のライトニングボルトってやつだ。
あれはあたしでも避けきれない。
「ちょ、ちょっと待って! あたし何も悪いことしてないし!」
蒼い光はどんどん大きくなり、やがて風船がはじけるような勢いで、バチバチバチッと派手な音をたてながら、部屋の中に雷撃をまき散らした。
やられるっ! と、腕で顔を覆う。
時が経つ。
何も起こらない。死んでもないし怪我もしてない。
あれ? と思って、恐る恐る目を開けた。
目の前に、光で編まれた投網のようなものに捉えられたサンタクロース=フクザワが見えた。
トナカイが静かに言った。
「時間切れだ。次の家に行くぞ」
サンタクロースは叫ぶ。
「ま、待ってくれ! 少し! 少しだけ!」
トナカイは無情に、ひと言だけ吐き捨てる。
「ダメだ」
光の網は、まるで生き物のように動き、器用にサンタクロースと荷物をソリに載せ、すごい速度で天空へと駆け上っていった。
ソリ、気持ちいいんだよな。あたしも去年ちょっとだけ乗せてもらったけど。
「待ってくれぇぇぇぇっっっっ!!!」
フクザワの声が空に響き渡る。
「待ってくれぇぇぇぇっっっっ!!! 風魔! オレは! オレはお前にいいいぃぃぃぃぃ!!!!」
……何?
フクザワ、今、何か言おうとしてた?
改めて最初の疑問を思い出す。そもそも何故今年、どう考えても悪い子のカテゴリに入るあたしの家に、サンタクロースが来たのか。
良い子だからプレゼントをあげに来たわけじゃないとすると……何か別の目的があって?
確か……「オレは」? 「オレはお前に」?
……何よ!? その続きは何よ!?
どんな話だろうが答えは「ノー」だけど、せめて最後まで言ってよ!
あたしは天を見上げた。もうサンタクロースもソリもトナカイも影も形も見えなかった。シャンシャンという鈴の音も聞こえなかった。
弓のように細い月が、いつもより大きく見えるだけだった。
フクザワ、何が言いたかったんだよ…………
……というわけで、今年のサンタクロースからのプレゼントは、あたしの場合は、「なんかモヤモヤする」という、苦虫みたいなヤツでした。あなたのは何でしたか?
【去年のもどうぞ】サンタを殺っちゃった![短編]
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清田いちる (著)