ある日Gmailを覗いてみると、受信ボックスに普通なのに独創的なタイトルのメールが。
スパムかと思い数分放置したのですが、差出人名を見て、ある可能性に気がつきまして。
「これってもしかして、いやいやそんな馬鹿な……」と思いながら開けてみると、
なんと! その正体は、あの、
村上春樹さんからの返信!
それから数十分のことは覚えていません。嬉しさと興奮のあまり何回転したやら。
今、村上春樹さんは、期間限定で「村上さんのところ」という読者交流サイトをやっています。
メールを受け付け、全て読み、一部に返事をして、それを公開し、後に書籍化(たぶんムック本)する、というイベントです。
村上さんはメディアにはほとんど露出しない一方で、こういう濃くて面倒くさい「読者との直接のやりとり」を、これまでにも過去4回ほどやっています。
● 「そうだ、村上さんに聞いてみよう」
● 「これだけは、村上さんに言っておこう」
● 「ひとつ、村上さんでやってみるか」
● 少年カフカ
僕は何気に全部読んでいる(理由は後述)のですが、読者と村上さんがいろんな角度から直に触れ合う結果、村上さんの意外な一面や深い思考を知ることができ、とても面白いです。つい何度も読んでしまいます。
このイベントをやると、世界中から、膨大な量のメールがやってきます。村上さんは全てを読みはしますが、返事を書くのは、その中のごく一部だけです。
だから、今回も返事は諦めていました。読んでもらえるだけでいい。きっと似たような質問がたくさん届いているだろうから、まとめてどれか代表的な質問に答えてくれるだろう、そういう気持ちでメールを出したのです。
そうしたら……まさかの直接のお返事!
みなさま申し訳ございません! が、升田幸三も「笑えるときに笑え、いずれ泣くときがくる」と言っていますし、ここは素直に喜ばせてください!
以下がそのやりとりです。
村の鍛冶屋のように
http://www.welluneednt.com/entry/2015/01/26/203600
……あれ?……
……ちょっと待ってください……
改めて読んでみると、かなり恥ずかしい質問をしてるじゃまいか!
まるで裸の心の情けない奥底を見せたような! 未だにアオイホノオから抜けだしてないっていうか!
これが公開されてるとか! 軽く死にたい!
でも……
それに対する村上さんの回答の、なんと恐ろしいほど的確なこと。
大変に驚きました。
(以下しばらく村上主義者の戯言が続き、その後また情報の紹介などに戻りますので、面倒な方は飛ばしてください)
<--- 村上主義者の戯言ここから --->
長編の何かを書くことについて、似たようなアドバイスは、今までもたくさんの方から受けていたのです。
曰く「無理矢理にでも書ききっちゃいなよ」「まずは短編から徐々に長くしていくんだよ」「欠点のないものなんてないんだから、書いて発表しなよ。そしてどんどん次を書けよ」などなど。
あるいは、逆のアドバイスもありました(こっちの方が主流)。
曰く「考えて書くより、勢いで書いて出しちゃったものの方が面白い」「俺はほとんど書き直さない」「文章って、いじればいじるほど悪くなっていく」などなど。
みんなから参考になるアドバイスをいただき、それを元に、主に小鳥ピヨピヨと小鳥メモメモ上で、いろいろ実験してきました(例えば創作モノは、こちらのカテゴリにまとめてあります)。
でも、村上さんのアドバイスは、それまでいただいたアドバイスにはなかった、ある重要な要素が含まれていたのです。
それは、
最初から良いものが書けるわけはないので、それを「村の鍛冶屋」のようにこつこつと我慢強くトンカチ仕事をして、うまく直していくことが必要になります。何度も何度も書き直しているうちに、だんだんかたちが整ってきて、自分の思うようなものになっていきます。
という部分です。
非常に細かい点ですが、今までこの点を指摘した人は、周囲にはいませんでした。
当たり前すぎることだったからかもしれません。たとえばダンスだって、ひとつのステップを、筋肉がつるまで繰り返したり、ビデオのスローモーションで解析したり、様々な体重移動や足の位置のパターンを試したり、といった風に、様々な方向から試行錯誤し続けていけば、ほとんどの場合できるようになるし、それをたくさん重ねてひとつのダンスになるわけです。
ただ僕は、このやり方を長編小説に当てはめることは、なぜか思いつきもしませんでした。長編小説というものは、最初にプロットを考えて、構成を練り、矛盾や破綻がないか、伏線は回収されているかを確認して、それから書くものであって、最初にちょろっと書いたものを直して直して、自分が納得できるレベルまで直したら次に行って……なんてやり方で書けるなんて、頭をかすめもしなかったのです。
だから、かなり勇気づけられたのです。
「キミのやり方でいいんだ」と言われた気がして。
それと、もうひとつ思ったことがあります。
村上さんは、一人一人に対して直接返事を書いている、ということです。
村上さんは他の人の回答では、書くことについて、例えば「基本的にはもって生まれたもので決まります。(source)」と言ったり、「才能がすべてです。(source)」と言ったりしています。
でも、これらは矛盾してはいないのです。質問者にピンポイントで焦点を合わせて、返事を書いているのです(僕の場合は「才能云々を考える以前の問題」みたいな感じですかね……)。
私信に限りなく近い。だから相手のかゆいところに手が届くというか、心の深いところに刺さるのだと思います。
このQ&Aイベントがたまらなく面白いのは、この「質問者に向けて返事を書いている」点です。
他のほとんどの小説やエッセイの場合、村上さんは、ターゲット読者層とかを考えていません。不特定多数すら想定しておらず、村上さんによると「極めて個人的に」物語を書いています。
でも、このQ&Aだけは、相手に向けて書いているのです。
あの村上春樹が! 相手に向けて何かを書くなんて!
これがたまらないんでごじゃりましゅ。
多くの人が指摘していますが、村上さんは、表に出ていないことを、魂の奥底の神話的な世界に潜って、掴み取ってくるタイプの作家です。だから村上さんの小説は、ラノベのような軽さもあり、また意味不明な難解さもあるのだけど、多くの人の心を捉えて離さない。村上さんが自分の作品を「個人的だ」と思うように、ひとりひとりの読者それぞれが「これは自分の物語だ」と感じるから。
そんな村上さんが、その能力の片鱗を使って、僕自身すら気づいていなかった僕の深い部分に刺さっているトゲを見つけてくれた、そんな風に僕は感じました。
本当にラッキー! マジでガチにプライスレス! ありがとうございますもう本当に。
今後は村上さんの方には足を向けて寝たくないので、村上さんにはぜひ、はてなと協力して、常に自分がどちらの方角を向いて寝ているのかをリアルタイムに通知するiPhoneアプリを作っていただきたく存じます。
<--- 村上主義者の戯言ここまで --->
さて、ここからは、今回の期間限定サイト全体の所感を述べさせていただきたいと思います。
まず、僕のメールの返信について。僕のメールは、実はこのサイトの公開初日に出したものなのですよね。
その返事が10日も経ってから届くとは……一体何通のメールが来ているのでしょう?!
管理人によると「1月22日現在で15000通以上届いています。(source)」とのことです。開始1週間で15000通……本当に体力の限界まで、大量の読者の一人一人と向き合う作業が続くのでしょう。
お疲れさまです。ご苦労さまです。凄まじい企画だわ……
次に、「村上さんがネットでテキストを出すときの文字量」について。
村上さんの返事、恐ろしく読みやすいのですよね。僕のだけじゃなくて全部。
村上春樹の文章の読みやすさが異常なのは彼の特徴の一つとして、このサイトについては、「文章の長さ」が読みやすさの一つの理由になっているのかな、と思います。
僕の返事が265文字。他の全ての返事も、大体100字〜300字くらいに収まっています。1〜3ツイート分くらい。
これくらいだと「次から次へと読み続けようかな」という気になります。この程度の文字数が(Webでは)最もストレスなく読めるということなんじゃないかと。
村上さん自身はTwitterも何もやらないそうですが(source1)(source2)、彼の驚くべき直観力が、「ネットで読みやすい文章の塊はこのくらい」と看破したのかもしれません。
あるいは人間という種が、ストレスなく次から次へと新しいことを書くには、文章の塊はひとつひとつはこのくらいのサイズが良い、ということなのかもしれません。
最後に、幾つかの象徴的な返事について。
戯言の項でも述べましたが、村上さんは基本的に、メールを書いた一人一人に向けて返事を書いています。
しかし、ときどき、今回のメールの全体的な感想が入ることがあります。
例えば、こんな感じ。
あなたのようなメールをくださる方がとても多くて、正直なところ驚いています。(source)
しかし、つきあえる男性がみつからないという女性がたくさんここにメールをくれます。その一方であなたのような孤独な男性がたくさんメールをくれます。(source)
村上さんは今回のこのイベントを通して、現代に生きる人たちの心を、メディアなどのフィルタを通さず直接的に把握しつつあるのではないか、そんなことを考えた次第です。
2015年に生きる僕らの声を通過した後の村上春樹が何を書くか、楽しみじゃありませんか?
さあ、この期間限定サイトでのメール受付は、残りあと3日、1月31日(土)の23:59までです。もし「何か質問あるかな?」と自分の中を探ってみて、(大抵の場合はわざわざ村上さんに聞くまでもないなと結論づけるでしょうが)どうしても村上さんに聞きたいと感じたことがあったら、早めにメールしてくださいね!!! 返事がもらえるかもしれません。本当に。
(この後2記事ほど村上春樹関係の記事が続く予定です。書く時間を作れれば)