村上春樹特設Q&Aサイト「村上さんのところ」も、とうとう今週の水曜日の午後2時で閉鎖されますね。
それ以降は、読みたい人はセレクション版(書籍)かコンプリート版(電子書籍)を買ってね、ということだそうです。
村上さんが10年に一度くらいやるこのQ&Aイベントを、僕はことのほか楽しみにしております。普段は自分の内側に入ってモノを書いている村上さんが、他人に向かって話しているところに、小説やエッセイとはまた違った味わいがあって。
いろんな質問に誘発されて、意外な村上春樹像が浮かび上がってくるところもナイスです。
それと今回は、ネット(特にはてブ)の反応と見比べられるのも興味深かったです。
質問者と村上春樹の間に、全然関係ない第三者たちがわらわらとネットスラングを駆使して適当に割り込んでくるのが超面白かった。
で、
そのブコメを見ている限り、今回は、「村上春樹の奥さんのファン」になった人が多いように思います。
いつも読みやすく風通しのいい村上さんの文章が、こと奥さんが絡んでくると、急に抽象的で哲学的で、奥歯にものが挟まったような、かつ村の古老のごとき重みを持った言葉になる。あるいは、いつも奥さんに文句を言われてるダメおじさんの愚痴にすぎなくなったりする。
たとえば、こんな感じです(どうせ明後日にはサイト自体が消えるのでリンクは貼らずに)。
【哲学者パターンの例】
(いつも奥さんに怒られてません? と聞かれて)
べつに怒られているわけじゃないんです。何か見解の相違みたいなものがあり、軽い衝突状態が生じたとき、僕はどちらかといえば波風を避ける人生を選ぶし、彼女は波風を避けない人生を選ぶという傾向が、あらためて浮き彫りになるというだけのことなのです。そんな風にして44年間を過ごしてきました。柳に枝折れなし、というのが僕の生き方です。いつも庭の柳の木を見て、粛々と学んでおります。
(夫婦喧嘩で仲直りするコツは? と聞かれて。2通分)
あなたが平謝りに謝るしかないじゃないですか。コツもへったくれもありません。もう大人なんだから、そんなわかりきったことをいちいち質問しないでください。ただひたすら頭を下げて謝りましょう。それがいちばんです。情けない? 何を甘いこと言ってるんですか。謝っているところをテレビ中継されないだけ、ありがたいと思わなくちゃ。
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あのですね、こちらに向かって驀進(ばくしん)してくる機関車に向かって怒鳴ったりはしませんよね。それとだいたい同じことだと思われたらいかがでしょう? 無駄なエネルギーは使わないようにして、身の危険は素早く避ける、これしかありません。人生の知恵です。がんばって平謝りしてください。
(どんなプレゼンをしたら妻をJazz好きにできるか? と聞かれて)
これはあくまで僕の個人的な意見ですが、あなたには夫婦生活の厳しさというものがまだよくわかっていないみたいですね。そんなプレゼンテーションが、妻に都合良くすらりと受け入れてもらえるわけがないじゃないですか。人生というのはおおむね孤独なものです。孤独にジャズを聴いてください。ジャズとはそういうものです。身にしみますよ。
(奥さんの機嫌悪い時は? と聞かれて)
奥さんの機嫌が悪くなると、あれこれ八つ当たりされて、なんでおれがこんなひどい目にあわなくちゃならないんだよ、と疑問に思ってしまう。よくわかります。それは世界中の夫の92パーセントくらいが、同時進行的にひしひしと経験していることです。そうですね、「これはただの気象現象なのだ」と思われてはいかがでしょう。これは竜巻なんだ、これは突風なんだ、これはフェーン現象なんだ。そう思うと気持ちが(比較的)ラクになります。誰も天気に文句は言えませんからね。相手が奥さんだと思うから、首をひねりたくなるし、ときとして頭に来ることもあります。でも自然現象だと思えば、あきらめもつきます。がんばってくださいね。艱難辛苦があなたをタマにします。タマになって「にゃあにゃあ」ととぼけていてください。
(結婚生活を長く続けるコツは? と聞かれて)
ひとことでいえば妥協です。たとえ相手が妥協しなくても、こちらが妥協する。それが大事です。そうすればだいたいうまく行きます。でもそれでうまく行ったとしても、いつ何が起こって、すべてがひっくりかえるか、そんなことは誰にもわかりません。人生、一寸先は闇です。しかし、とにかくそれでも、闇がくるまでは辛抱強く妥協を続ける。それしかありません。
【ダメおじさんパターンの例】
うちの奥さんと長時間ドライブするときはすごくラクです。彼女がだいたい一人でしゃべっているから、僕が話題を見つける必要はまったくありません。僕は「ふんふん」と適当に相づちをうちながら、カーステレオの音楽を聴いています。ただ話が僕の過去の失敗とか悪事に及んでくると、ちょっとそれはやばいので、うまく話題をそらせるために懸命に新しい話題を探すことになります。「うん、まあ、それはそれとして、そういえばこのあいださ……」みたいに。だいたいあまりうまくいきませんが。しかし車の中で長く話をしていると、どうしていつも話が僕の過去の失敗とか悪事に及んでしまうのでしょうね。世界に慈悲の心というものはないのでしょうか?
うちの奥さんはよく僕に「あなたくらいコンプレックスのない人も珍しい。ほんとうに厚かましいんだから」と言います。
(村上春樹小説の中で一番好きな作品が『うさぎおいしーフランス人』と言われたらガッカリしますか? と聞かれて)
そんなことありませんよ。うちの奥さんもだいたい同じことを言ってます。
うちの奥さんでさえ、「あなたの書く小説は、私のための小説とは言えない(ほかにもっと肌身に間近に感じる小説はある)」と公言しております。
何によらず、ユーモアの感覚って大事ですよね。うちの奥さんは「もう、けっきょくは関西人なんだから」と言ってますが。
僕はよく「あなたはデリカシーがない」とうちの奥さんに批判されます。アイロンはかけますが、トイレの掃除は怠けるので、しつけの悪い犬猫のように叱責されます。
食堂に入って、しばらく本を読んでいたけど、誰も注文を取りに来てくれないので、そのまま帰ってきちゃった……みたいなこともときどきありますよ。うちの奥さんは「あなたとどこかのお店に入るとしょっちゅうこうなんだから」とぶつぶつ文句を言っています。僕のせいなのかなあ?
僕はどんなときに子供っぽくなるか? さあ、わからないなあ。ちょっと待ってくださいね、隣の部屋にいるうちの奥さんに訊いてきます。
訊いてきました。「普通のとき」という答えが返ってきました。そうかなあ? そんなことないと思いますがね。
うちの奥さんにあなたのメールを見せたら、「まったくもう、どうして私が緑のモデルなのよ!」とぷんぷん怒っていました。そんなに怒ることもないと思うんだけど。でも「ちゃんと誤解をただしておいてね」と言われたので、こうしてこのお返事を書いております。あまり家庭に波風を立てないでください。お願いします。
うーん、今改めて見返しても、面白い……
ちょっと前に書いた以下の記事と併せて読むと、より味わい深いかと存じます。
村上春樹さんの奥さんとの対談本【村上春樹奇書:前編】:小鳥ピヨピヨ
「クール」「謎めいている」「文章の達人」「現代最重要作家のひとり」などなど、だいたいにおいて雲の上の人のように紹介される村上春樹と、お互いに対等に接することができるのは、もしかしたら奥さんだけなのかもしれませんね。
だから奥さんが出てくると、突然「ただの普通の人、村上春樹」が立ち上がってくる。
村上さん、良いパートナーがいて本当に良かったですね、としみじみしちゃいました。
ところで今回のサイト閉鎖に辺り、実は、まだ読み切れてないメールが4915通あるそうです。
もともとは三月の末に終了する予定だったのですが、予想を遥かに超えた、とんでもない数のメールをいただいたもので、それまでにはとてもその処理を終えることができず、期間を四月末まで一ヶ月延長したのです。しかしそれでもなお、溜まりに溜まったメールをすべて読み切ることはできず、心ならずも「積み残し」が出てしまうことになりました。
正確に申し上げますと、15日間にいただいた37465通のメールのうち、今の段階で僕が読み終えたのは32550通で、4915通がいまだに読めておりません。ほかの仕事は全部放り出して、どこにも遊びに行かず(まあ、ちょっとは遊びましたが)精一杯がんばったのですが、何しろ個人作業で目を通しておりますので、がんばりにも限界があります。身体はひとつしかありませんし、目もさすがに疲れてきました。
というわけで、このサイトはここでいちおう更新を終えますが、サイトそのものは5月13日までアップされておりますので、それまでは自由にご覧になっていただけます。またサイトの更新が終了したあとも、僕は責任をもって「積み残し」のメールをすべて読み、そのうちの一部にはこれまでどおりお返事を差し上げます(サイトにはアップされませんが)。すべてのメールに僕が目を通すという最初の約束はちゃんと守りますので、その点はどうかご安心ください。
コンプリート版には、この読み切れていないメールの(一部への)返事も含まれているのでしょうか? もしそうだったらマストで買うのですが。
新潮社のTwitterアカウントに質問しても返事がきません。まだ決まってないってことかな……