村上春樹特設Q&Aサイト「村上さんのところ」、面白かったですね。
村上春樹自身が37465通ものメールを全て読み通し、1/10くらいに返事する。僕も返事をもらって興奮しました(しかも本質的で良いことを言っていた)。とても彼らしい、個人的で気力体力を使う企画でした。
ご興味ある方は、ぜひセレクション版(書籍)かコンプリート版(電子書籍)を手にとってみてください。
村上さんが10年に一度くらいやる(そしてもうやらないであろう)このQ&Aイベントを、僕はことのほか楽しみにしていました。
普段は自分の内側に入ってモノを書いている村上さんが、他人に向かって話しているところに、小説やエッセイとはまた違った味わいがあって。
いろんな質問に誘発されて、意外な村上春樹像が浮かび上がってくるところもナイスです。
それと今回は、ネット(特にはてブ)の反応と見比べられるのも興味深かったです。
質問者と村上春樹の間に、全然関係ない第三者たちがわらわらとネットスラングを駆使して適当に割り込んでくるのが超面白かった。
で、
そのブコメを見ている限り、今回は、「村上春樹の奥さんのファン」になった人が多いように思います。
いつも読みやすく切れ味鋭く深みがある村上さんの文章が、こと奥さんが絡んでくると、急に歯切れの悪い、曖昧な、悟った風のただの愚痴になる。
たとえば、こんな感じ。
(いつも奥さんに怒られてません? と聞かれて)
べつに怒られているわけじゃないんです。何か見解の相違みたいなものがあり、軽い衝突状態が生じたとき、僕はどちらかといえば波風を避ける人生を選ぶし、彼女は波風を避けない人生を選ぶという傾向が、あらためて浮き彫りになるというだけのことなのです。そんな風にして44年間を過ごしてきました。柳に枝折れなし、というのが僕の生き方です。いつも庭の柳の木を見て、粛々と学んでおります。
(夫婦喧嘩で仲直りするコツは? と聞かれて。2通分)
あなたが平謝りに謝るしかないじゃないですか。コツもへったくれもありません。もう大人なんだから、そんなわかりきったことをいちいち質問しないでください。ただひたすら頭を下げて謝りましょう。それがいちばんです。情けない? 何を甘いこと言ってるんですか。謝っているところをテレビ中継されないだけ、ありがたいと思わなくちゃ。
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あのですね、こちらに向かって驀進(ばくしん)してくる機関車に向かって怒鳴ったりはしませんよね。それとだいたい同じことだと思われたらいかがでしょう? 無駄なエネルギーは使わないようにして、身の危険は素早く避ける、これしかありません。人生の知恵です。がんばって平謝りしてください。
(どんなプレゼンをしたら妻をJazz好きにできるか? と聞かれて)
これはあくまで僕の個人的な意見ですが、あなたには夫婦生活の厳しさというものがまだよくわかっていないみたいですね。そんなプレゼンテーションが、妻に都合良くすらりと受け入れてもらえるわけがないじゃないですか。人生というのはおおむね孤独なものです。孤独にジャズを聴いてください。ジャズとはそういうものです。身にしみますよ。
(奥さんの機嫌悪い時は? と聞かれて)
奥さんの機嫌が悪くなると、あれこれ八つ当たりされて、なんでおれがこんなひどい目にあわなくちゃならないんだよ、と疑問に思ってしまう。よくわかります。それは世界中の夫の92パーセントくらいが、同時進行的にひしひしと経験していることです。そうですね、「これはただの気象現象なのだ」と思われてはいかがでしょう。これは竜巻なんだ、これは突風なんだ、これはフェーン現象なんだ。そう思うと気持ちが(比較的)ラクになります。誰も天気に文句は言えませんからね。相手が奥さんだと思うから、首をひねりたくなるし、ときとして頭に来ることもあります。でも自然現象だと思えば、あきらめもつきます。がんばってくださいね。艱難辛苦があなたをタマにします。タマになって「にゃあにゃあ」ととぼけていてください。
(結婚生活を長く続けるコツは? と聞かれて)
ひとことでいえば妥協です。たとえ相手が妥協しなくても、こちらが妥協する。それが大事です。そうすればだいたいうまく行きます。でもそれでうまく行ったとしても、いつ何が起こって、すべてがひっくりかえるか、そんなことは誰にもわかりません。人生、一寸先は闇です。しかし、とにかくそれでも、闇がくるまでは辛抱強く妥協を続ける。それしかありません。
このくらいまではまあ見識らしきものも垣間見えますが、以下になると普通のダメおじさんです。
うちの奥さんと長時間ドライブするときはすごくラクです。彼女がだいたい一人でしゃべっているから、僕が話題を見つける必要はまったくありません。僕は「ふんふん」と適当に相づちをうちながら、カーステレオの音楽を聴いています。ただ話が僕の過去の失敗とか悪事に及んでくると、ちょっとそれはやばいので、うまく話題をそらせるために懸命に新しい話題を探すことになります。「うん、まあ、それはそれとして、そういえばこのあいださ……」みたいに。だいたいあまりうまくいきませんが。しかし車の中で長く話をしていると、どうしていつも話が僕の過去の失敗とか悪事に及んでしまうのでしょうね。世界に慈悲の心というものはないのでしょうか?
うちの奥さんはよく僕に「あなたくらいコンプレックスのない人も珍しい。ほんとうに厚かましいんだから」と言います。
(村上春樹小説の中で一番好きな作品が『うさぎおいしーフランス人』と言われたらガッカリしますか? と聞かれて)
そんなことありませんよ。うちの奥さんもだいたい同じことを言ってます。
うちの奥さんでさえ、「あなたの書く小説は、私のための小説とは言えない(ほかにもっと肌身に間近に感じる小説はある)」と公言しております。
何によらず、ユーモアの感覚って大事ですよね。うちの奥さんは「もう、けっきょくは関西人なんだから」と言ってますが。
僕はよく「あなたはデリカシーがない」とうちの奥さんに批判されます。アイロンはかけますが、トイレの掃除は怠けるので、しつけの悪い犬猫のように叱責されます。
食堂に入って、しばらく本を読んでいたけど、誰も注文を取りに来てくれないので、そのまま帰ってきちゃった……みたいなこともときどきありますよ。うちの奥さんは「あなたとどこかのお店に入るとしょっちゅうこうなんだから」とぶつぶつ文句を言っています。僕のせいなのかなあ?
僕はどんなときに子供っぽくなるか? さあ、わからないなあ。ちょっと待ってくださいね、隣の部屋にいるうちの奥さんに訊いてきます。
訊いてきました。「普通のとき」という答えが返ってきました。そうかなあ? そんなことないと思いますがね。
うちの奥さんにあなたのメールを見せたら、「まったくもう、どうして私が緑のモデルなのよ!」とぷんぷん怒っていました。そんなに怒ることもないと思うんだけど。でも「ちゃんと誤解をただしておいてね」と言われたので、こうしてこのお返事を書いております。あまり家庭に波風を立てないでください。お願いします。
ちょいちょい「尻に敷かれてる風」を装っていますが、普通に負けていると思うんですよね、これ。
ちょっと前に書いた「村上春樹さんの奥さんとの対談本【村上春樹奇書:前編】」と併せて読むと、より味わい深いかと存じます。
「クール」「謎めいている」「文章の達人」「現代最重要作家のひとり」「アガリ」などなど、雲の上の人のように紹介される村上春樹と、お互いに対等に接することができるのは、もしかしたら奥さんだけなのかもしれません。
だから奥さんが出てくると、突然「ただの普通の人、村上春樹」が立ち上がってくる。
村上さん、良いパートナーがいて本当に良かったですね、なかなかないことですよ、としみじみしちゃいました。
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