「ベホイミ」は、ドラクエで頻出する、HP回復の呪文だ。
基本的には僕らプレイヤー側が使う呪文だが、ときどき、モンスターが、他のモンスターに対してベホイミを使うときがある。
そんなとき、僕は無性に哀しくなる。
だって、そいつは、仲間を助けようとしたんだ。仲間に死んでほしくないと思ったんだ。自分の攻撃のチャンスを犠牲にしてでも、仲間のために、その呪文を発動したんだ。
本当は、僕はそこで、戦闘をやめたい。
そして翻訳系呪文(ないけど)を使って、モンスターと会話したい。「キミたちはどこから来たの?」「なにをしているの?」「ぼくたち、もっとわかりあえないかな?」と。
だって、仲間にベホイミをかけるようなヤツが、悪いヤツのはずがないじゃないか。
仕事に例えると、自分もヘロヘロなのに、同じくヘロヘロな同僚に、笑顔で「今日はもう帰れよ。あとは俺がやっとくからさ」と言っちゃうような優しさだ。
けど、ドラクエ世界では、戦うか逃げるかしか選択肢がない。
分かり合う、という選択肢がない。
モンスターが仲間になる選択肢はときどきあるが、僕は自分の軍団を増やしたいわけじゃない。この世界にある優しさを消したくないだけなんだ。
僕は「ごめんよ」とつぶやき、ベホイミで回復したHPを10倍削るような超攻撃をしかけ、モンスターを全滅させる。
あとには、わずかばかりの金銭と宝物、それと「経験値」と呼ばれる何かが入る。
僕はそこで顔をしかめる。「いったいこれは何の経験値なのだろう?」と。